マケインの負け方のどこがいいか

今週の書物/
ジョン・マケイン氏の大統領選敗北演説
2008
年11月4日、米ニューヨーク・タイムズ紙ウェブサイトの翌日付記事より
演説本文はフェデラル・ニューズ・サービス(FNS)が配信

合衆国

気をもんだというのは、このことを言うのだろう。米国の大統領選挙である。接戦と言われてはいたが、ほんとに紙一重の争いになった。どちらを応援したかはあえて言うまい。だが、テレビで数千票単位の開票状況を見ながら一喜一憂したことは正直に告白しよう。

不思議だ。これは東京23区の区長選挙ではない。人口3億余の超大国トップを決める選挙である。その行方が、1州1地域の票の開き具合で決まってしまうとは……。怖いことではある。同じ米国の大統領選を振り返れば、同様に大接戦となった2000年の選挙結果は、21世紀初頭の世界情勢を左右したと言ってよい。有権者一人ひとりの心の揺らぎが、ときに歴史の流れを変える。民主主義とは、そういうものなのだろう。

それはともかく、いま11月13日現在、勝敗はほぼ定まった。人々の関心事となっているのは、敗者とされた人がいつ、どのようなかたちで負けを認めるかだ。その敗北宣言がなかなか出でこないので、世間はイライラしている。過去の敗者は違った、と。

なかでも見事だったと称賛されるのは、2008年の大統領選でバラク・オバマ上院議員(民主党)に敗れたジョン・マケイン上院議員(共和党)の敗北演説だ。その全文をニューヨーク・タイムズ紙のウェブサイトで読むことができたので、今回はそれをとりあげよう。

この演説は、投開票日の夜にマケイン氏の選挙区アリゾナ州フェニックスであった。

“Thank you for coming here on this beautiful Arizona evening.”
“My friends, we have―we have come to the end of a long journey.”
“American people have spoken, and they have spoken clearly.”
「アリゾナの美しい夕べに集まってくださって、ありがとう」「みなさん、長い旅は終わりを迎えました」「米国民は意思を表明した、はっきりと表明したのです」

そして、つい今しがた、オバマ氏に電話をかけて、彼の当選に祝意を伝えたことを打ち明け、その「能力と不屈の努力」を称賛する。礼節を弁えた演説と言えよう。

次いでマケイン氏は、この選挙を客観的に位置づける。

“This is an historic election, and I recognize the special significance it has for African-Americans and for the special pride that must be theirs tonight.”
「これは、歴史的な選挙です。それは、アフリカ系米国人にとって格別の意義がある、そして今夜、その人たちが胸中に抱いているに違いない誇らしい思いにとっても特別な意味合いがある、そう私は認識しています」

マケイン演説は、そこにとどまらない。もう一歩踏み込んで、対立候補と自分の見解の共通項を紡ぎだしていく。それは、差別問題をめぐる歴史観と現状認識だ。米国がすべての人々に機会を与える国であることをオバマ氏も自分も確信していると述べた後、こう言う。

“But we both recognize that though we have come a long way from the old injustices  that once stained our nation’s reputation and denied some Americans the full blessings  of American citizenship, the memory of them still had the power to wound.”
「しかし、私たちには次のような共通認識もあります。私たちは、かつて不公正な状態にあったことに比べれば――それは国の名誉を汚し、一部の米国人に対して市民権の制限を強いるものでしたが――ずっと良いところまで来ているものの、その記憶にはなお人々の心を傷つける力があった、ということです」

ここでマケイン氏は、セオドア・ルーズベルト大統領が、高名な教育者ブッカー・T・ワシントンをホワイトハウスに招いたとき、全国各地で怒りの声が噴出した、という話をもちだす。ワシントン氏の母は奴隷だった。この故事に続けて、こう力説する。

“America today is a world away from the cruel and prideful bigotry of that time. There is no better evidence of this than the election of an African American to the presidency of the United States.”
「今日の米国は、残酷で傲慢な偏見があった当時とは天と地ほどの差があります。その最良の証拠は、アフリカ系米国人を合衆国大統領に選出することにほかなりません」

自らが敗者となりながらも、相手候補が勝利したことの意義を公平に汲みとり、それを的確に言い表している。名演説として語り継がれるのもうなずけるではないか。

この演説でマケイン氏は、オバマ氏との間に政見の違いがあったことに触れている。その違いは今も残されたままだとしたうえで、自分はオバマ氏が指導者として多くの難題に立ち向かうのを手助けするつもりだと明言する。そして、米国民にこう呼びかけるのだ。

“I urge all Americans who supported me to join me in not just congratulating him, but offering our next president our good will and earnest effort to find ways to come together, to find the necessary compromises, to bridge our differences, and help restore our prosperity, defend our security in a dangerous world, and leave our children and grandchildren a stronger, better country than we inherited.”
「私を支持してくれたすべての米国民に求めたいことがあります。私とともに、次期大統領に祝意を表してほしいというだけではありません。善意をもって本気で彼に協力してほしいのです。みんなで集い、必要なら歩み寄って、意見の違いに橋を架ける努力をしようではありませんか。繁栄を取り戻すことに力を尽くし、私たちの安全を危険な国際情勢から守り、この国を今よりも強く、今よりも良くして子や孫の世代に引き継ごうというのです」

「必要なら歩み寄って、意見の違いに橋を架ける」――これは、民主主義にとって不可欠の手順だが、実行するのは難しい。この演説は、前段で対立候補との間に共通認識があることを強調しているので、それが決して絵空事ではないという気持ちにさせてくれる。

マケイン氏はこの演説で、オバマ氏側の副大統領候補だったジョー・バイデン氏に言及するとき、“my old friend Senator Joe Biden”という言い方をしている。党派は別だが、ともに長く議会人を務めてきた仲間だ。「わが古き友」という言葉に実感がこもる。

2020年の今、今度は次期大統領になろうとしているバイデン氏は、旧友マケイン氏の成り代わりのようにも思えてくる。彼には、良くも悪しくも「必要なら歩み寄って」の政治手法をとりそうな気配がある。それをもの足りないと感じる向きはあるだろうが……。

マケイン氏は2018年8月、脳腫瘍のために81歳で死去した。翌月の告別式に同じ共和党のドナルド・トランプ大統領は招かれなかったが、オバマ氏は参列して弔辞を捧げた。「勇ましく力強いふりをする政治は、実際は恐怖を生んでいる。ジョンはそれよりも大きなものとなるよう、我々に求めた」と述べている(朝日新聞2018年9月3日付朝刊)。今回の大統領選は、没後のマケイン氏にとっても気が気でなかったに違いない。
(執筆撮影・尾関章)
=2020年11月13日公開、通算548回
■引用はことわりがない限り、冒頭に掲げた書物からのものです。
■時制や人物の年齢、肩書などは公開時点のものとします。
■公開後の更新は最小限にとどめます。

2 Replies to “マケインの負け方のどこがいいか”

  1. トランプは、やはり、アメリカを象徴している感じがします。地方の(都市でない)カーディーラーとか、不動産屋とか、アメリカンフットボールやアイスホッケーのコーチとか、MBAを持っているセールスやマーケティングの人とか、トランプっぽい人はアメリカにいくらでもいそうです。
    マケイン、そしてバイデンのようなエリートは、地方には(都市でないところには)ほとんどいないのではないか。結局は、社会がエリートをどう扱うかということなのでしょう。日本にはエリートがいませんから問題はないとして、中国もフランスもイギリスもエリートの社会での位置づけに確固たるものがなくなってきている気がします。
    でも、まあ、そんなことはどうでもよくて、どうしても気になるのが、サイトのトップにバーンと出てくる「マイセン」の「ブルーオニオン」のカップとソーサーとクリーマー。ガラス戸棚に飾っておく人が多いなか、コーヒーを飲むのに「普通に」使っているようで。。。で、いくつか質問を。
    ① 「マイセン」で飲むコーヒーは、やはり、美味しいのでしょうか?
    ② 波打つ感じのカップですが、飲みにくくはないのですか?
    ③ どちらかというと薄い感じがしますが、持った感触は?
    決してひがんでいるわけではないので。。。いや、ほんと、ひがんで。。。ない。。。かもしれない。
    でも、気になります。
    マケインのことよりずっと気になります。困ったものです。

    1. 38さん
      《サイトのトップにバーンと出てくる「マイセン」の「ブルーオニオン」のカップとソーサーとクリーマー》
      この画像に心をとめていただき、感謝。
      1)うまい。
      2)3)いい感触だ。
      ということになりますが、そうか、飾っておかなければいけなかったか。
      ふつうの日はふつうのマグですが、時折、なにげなく使っていた。
      今後は意識過剰になりそうなので、手がふるえて割ってしまいそう!

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