ウクライナの怖くて優しい小説

今週の書物/
『ペンギンの憂鬱』
アンドレイ・クルコフ著、沼野恭子訳、新潮社

ヴァレニキ

キエフがキーウになった。これは正しい。地名は、たとえ国外での呼び名であれ、できる限り地元の人々の意向に沿うべきだからだ。ただ、この表記変更を日本の外務省が決めたとたん、国内メディアがほとんど一斉に「右へならえ」したことには違和感を覚える。

表記を変えるなら、メディアが率先して敢行すればよかった。一社だけでは混乱を招くというなら、日本新聞協会に提起して足並みを揃えることもできただろう。こうしたことは平時に決めるべきものだ。キーウ表記を求める「KyivNotKiev運動」をウクライナ政府が始めたのは2018年だから、時間はたっぷりあった。この運動がウクライナの世論をどれほど強く反映したものかを冷静に見極めてから、自主判断することもできたはずだ。

それはともかく、今回のロシアによるウクライナ侵攻では、これまでと違う戦争報道が見てとれる。日本国内のメディアが、というよりも西側諸国のメディアがこぞって、戦闘状態にある二国の一方に肩入れしているように見えることだ。ベトナム戦争以降の記憶を思い返しても、そんな前例はなかったように思う。それは一にかかって、この侵攻が不当なものだからだ。大国が小国を力でねじ伏せようとする構図しか見えてこない。

ただ、その副作用も出てきている。ウクライナの戦いはロシアの侵攻に対するレジスタンス(抵抗運動)だが、それをイコール民族主義闘争とみてしまうことだ。もちろん、その色彩が強いのは確かだが、両者は完全には同一視できない。ところが、今回の侵攻はあまりに不条理なので、「レジスタンス」という言葉に拒否感がある思想傾向の人までウクライナに味方する。このときに民族主義がもちだされ、称揚されることになる。

日本外務省のウェブサイトによると、ウクライナにはロシア民族が約17%暮らしている。ほかにもウクライナ民族でない人々が数%いる。この国は多民族社会なのだ。だから、レジスタンスにはその多様性を守ろうという思いも含まれているとみるべきだろう。

で、今週は『ペンギンの憂鬱』(アンドレイ・クルコフ著、沼野恭子訳、新潮社、2004年刊)。略歴欄によれば、著者は1961年、ロシアのサンクトペテルブルクに生まれ、3歳でキーウに転居、今もそこに住んでいる。出身地は誕生時、レニングラードと呼ばれていた。移住先はこのあいだまでロシア語読みキエフの名が世界に通用していた。都市名の変転は、著者が激動の時代を生きてきたことの証しだ。この本の原著はソ連崩壊後の1996年に出た。

この小説はロシア語で書かれている。「訳者あとがき」によると、著者は自身を「ロシア語で書くウクライナの作家」と位置づけている。19世紀の作家ゴーゴリが「ウクライナ出身だがロシア語で書くロシアの作家」を「自任」したのと対照的だ。その意味では、クルコフという小説家の存在そのものが現代ウクライナの多様性を体現している。ただ最近は民族主義の高まりで、ウクライナ語の不使用に風当たりが強いらしいが。(*)

中身に入ろう。主人公ヴィクトルは「物書き」だ。キエフ(地名は作中の表記に従う、以下も)に暮らしている。作品の冒頭では、動物園からもらい受けた皇帝ペンギンのミーシャだけが伴侶だ。ある日、新聞社を回って自作の短編小説を売り込むが、冷淡にあしらわれる。が、しばらくして「首都報知」社から執筆依頼の打診が舞い込む。存命著名人の「追悼記事」を事前に用意しておきたいので、匿名で書きためてほしいというのだ。

ここでは私も、新聞社の内情に触れざるを得ない。新聞記者は、締め切り数分前に大ニュースが飛び込んできても、それに対応しなくてはならない。このため、いずれ起こることが予想される出来事については現時点で書ける限りのことを書いておく。これが予定稿だ。その必要があるものには大きな賞の受賞者発表などがあるが、著名人の死去も同様だ。経歴や業績、横顔や逸話などをあらかじめ原稿のかたちにしておき、万一の事態に備える。

予定稿はどんな種類のものであれ、社外に流出させてはならない。事実の伝達を使命とする新聞には絶対許されない非事実の記述だからだ。とりわけ厳秘なのが、訃報の予定稿。世に出たら、当事者にも読者にも顔向けができない。だからこの作品でも、編集長は「極秘の仕事」とことわっている。そんなこともあって、「首都報知」社では追悼記事の予定稿を「十字架」という符牒で呼ぶ。これではバレバレだろう、と苦笑する話ではあるのだが。

ヴィクトルはまず、十字架を書く人物を新聞紙面から拾いだす。第1号は作家出身の国会議員。目的を告げずに取材に押しかけると、議員は喜んで応じてくれて、愛人がいることまでべらべらしゃべった。愛人はオペラ歌手。そのことに言及した原稿を書きあげると、編集長は喜んだ。第2号からは省力化して、新聞社から提供される資料をもとに執筆することになる。こうして作業は進み、たちまち数百人分の十字架ができあがった。

ここで気になるのは、その資料の中身だ。それは「最重要人物(VIP)」の「個人情報」のかたまりで、これまでに犯した罪は何か、愛人は誰かといったことが書き込まれている。資料を保管しているのが、社内の「刑法を扱っている」部門というのも不気味だ。

ある朝、編集長から電話がかかる。「やあ! デビューおめでとう!」。ヴィクトル執筆の十字架が初めて紙面に出たというのだ。たしかに新聞には、あの議員の追悼記事が自分の書いた通りに載っていた。ただ、死因がわからない。出社して編集長に聞くと、深夜、建物6階の窓を拭いていて転落したという。その部屋は自宅ではなかった。編集長は「いいことも悪いことも全部私が引き受ける!」と言った。なにか込み入った事情がありそうだ。

このときのヴィクトルと編集長のやりとりは、十字架は本当に追悼記事なのか、という疑問を私たちに抱かせる。編集長は原稿から「哲学的に考察してる部分」を削るつもりはないと言いながら、それは「故人とはまったく何の関係もない」と決めつける。その一方で、社が渡した資料の「線を引いてある部分」は必ず原稿に反映させるよう強く求める。ヴィクトルが「物書き」の技量を発揮したくだりなど、増量剤に過ぎないと言わんばかりだ。

この小説の恐ろしさは、十字架の記事が個人情報の記録と直結して量産されていくことだ。その限りでヴィクトルは、記者というよりロボットに近い。私たち読者は新聞社の向こう側に目に見えない存在の暗い影を見てしまう。この工程を操っているのは、旧ソ連以来の“当局”なのか、体制転換期にありがちな“闇の勢力”なのか。そんなふうに影の正体を探りたくなる。これこそが、この作品が西側世界で関心を集めた最大の理由だろう。

実際、ヴィクトルの周りには不穏な空気が漂う。ハリコフ駐在の記者からVIPの資料を受けとるために出張すると、その駐在記者が射殺されてしまう。十字架1号の議員の愛人が絞殺される事件も起こる……。こうしていくつもの死が累々と積み重なっていく。

半面、この小説には別の魅力もある。ヴィクトルの周りに、読者を和ませる人々が次々に現れることだ。新聞の十字架記事とは別に、生きている人物の追悼文を注文してくる男ミーシャ(作中では「ペンギンじゃないミーシャ」)、ヴィクトルの出張中、ペンギンのミーシャの餌やりを代行してくれた警官のセルゲイ、元動物園職員で一人暮らしをしている老ペンギン学者ピドパールィ……みんな謎めいているが、不思議なくらい優しい。

ヴィクトルの同居人となるのは、「ペンギンじゃないミーシャ」の娘ソーニャ4歳。父ミーシャが姿を消すとき、書き置き一つで預けていく。そして、ソーニャの世話をしてくれるセルゲイの姪ニーナ。ヴィクトルと彼女は、なりゆきで男女の関係になる。この二人とソーニャとペンギンのミーシャ――その4人、否3人と1頭は、まるでホームドラマの家族のように見える。そこには、十字架の記事をめぐる闇とは対極の明るさがある。

登場人物には善良な人々が多いように見えるが、実はそれが罠なのかもしれない。そう思って読み進むと、やはり好人物だとわかって、再びホッとしたりもする。人々が優しくても社会は怖くなることがある。読者にそう教えてくれるところが、この作品の凄さか。
*朝日新聞2022年3月16日朝刊に著者クルコフ氏の寄稿がある。
(執筆撮影・尾関章)
=2022年4月22日公開、通算623回
■引用はことわりがない限り、冒頭に掲げた書物からのものです。
■本文の時制や人物の年齢、肩書などは公開時点のものとします。
■公開後の更新は最小限にとどめます。

“もっている”記者という悲劇

今週の書物/
「災厄」
R
・シアーズ著、福島正実訳
『不思議な国のラプソディ――海外SF傑作選』(福島正実編、講談社文庫)所収

記者の産物

クジというもので、特等賞に当たったことが私にはない。ツキがないのだ、とつくづく思う。ただ、自分の新聞記者生活を振り返ると、あながちそうとばかりは言えない。1987年2月、銀河系直近の大マゼラン雲に超新星が現れたのが、ツキに恵まれた例だ。

超新星は、恒星が一生の最期に大爆発する姿。このときは爆発で飛び散った素粒子ニュートリノを、東京大学教授小柴昌俊さんのグループが捕まえた。岐阜・富山県境の神岡鉱山に置いた水タンク「カミオカンデ」が検出したのだ。ではなぜ、私にツキがあったのか。実は1月に新聞社の科学部で持ち場替えがあり、私は天文担当になったばかりだった。もし持ち場替えがなければ、この科学的大事件を取材する機会を逃していただろう。

超新星ニュートリノをめぐっては、小柴さん自身の幸運がよく語られる。「カミオカンデ」をニュートリノの観測に合わせて改造した後、東大を定年退職するまで約3カ月間。この短い期間に、さほど遠くない超新星からニュートリノが届くというめったにない出来事が起こったのだ。それに比べれば、科学記者のツキなど取るに足らない。だが、個人的には大きな意味があった。物理学者の幸運に同期して、私にも大仕事が舞い込んだのである。

私自身がツキを得て大仕事に出あったのは、この一件くらいだ。ただ業界を見渡すと、この人は大仕事を引き寄せているのではないか、と言いたくなる記者もいる。俗な言い方をすれば“もっている”。何を「持つ」のかが不明の「持つ」である。スポーツのニュースで、偶然まで味方につけてしまうような選手によく使われる。ただこれは、記者に対しては誉め言葉になりにくい。少なくとも、当人が堂々と自慢できる話ではない。

というのも、新聞記者の大仕事は不幸な事件や事故であることが多いからだ。ところが、駆けだしの記者が警察回りを始めてすぐ大事件に遭遇すると、先輩たちから「事件を引っ張ってきたな」「もっているヤツだ」と冷やかされたりする。刑事事件には被害者がいるので、この軽口は不謹慎のそしりを免れない。だが、記者は事件の取材競争が始まると気持ちが高ぶっていく。それで仲間うちでは、こんな歪んだ心理が生まれてしまうのだ。

で、今週は、そんな記者心理を見透かしたような米国のSF短編を読む。「災厄」(R・シアーズ著、福島正実訳)。当欄が先週とりあげた作品と同様、『不思議な国のラプソディ――海外SF傑作選』(福島正実編、講談社文庫)に収められた一編である(*)。

冒頭に描かれるのは1950年代半ば、独立戦争のさなかにあるアルジェリアの街だ。主人公の「ぼく」は米国人の新聞記者。なぜ、自分はこの戦地に特派されたのか。理由の一つは、どういうわけか「流血の惨事」に「縁」があって「いくつかの大きな事故や戦乱のスクープ」で名を馳せていたことにある。業界では「厄病神(カラミティ)」とも呼ばれている。たぶん、本社も彼を“もっている”記者とみて白羽の矢を立てたのだろう。

「ぼく」自身は、戦場取材を希望していたわけではなかった。このときもカフェの一角に陣取って、一群の売笑婦が通りを行き過ぎるのを眺めていた。と、突然、若い女性が近づいてきて同じテーブルに相席する。「アメリカ人じゃありません?」と声をかけてくる。「故郷のひとだと思ったら、たまらなくお話がしたくなっただけなの」。ニューヨーク出身の踊り子で、名前はカーラ。この街でもキャバレーでショウに出ているという。

カーラは謎めいていた。いきなり「ぼく」の職業を新聞記者と言い当てる。「あなたはおぼえていないでしょうけど、わたしはあなたをおぼえているのよ」。そう言って、7歳のときに火事があって……と昔話を始めると、「ぼく」にもその記憶がよみがえってくる。10年あまり前のこと、テキサス・シティでアパートの火事があり、そのとき「ぼく」が助けだした女の子がカーラだった。これで二人は意気投合、ついには一夜をともにする。

カーラはハニートラップではないか、と思われる導入部だ。話がスパイ小説めいたものに発展するのかなという気もしてくるが、それからの展開はこの予想を裏切る。

翌日早朝、二人は地中海沿岸へドライブに出る。あたりにはローマ時代の遺跡があったので、廃墟のそばでサンドイッチをぱくついた。朝の陽射しが注ぐなかでのピクニック。「すばらしい恋」だ。ただこのとき、「ぼく」の内心には「奇妙な不安定感」が湧きあがっていた。「胸さわぎ」のようなものだ。「悪いこと」の予感といってもよい。そして、それは現実になる。大理石の柱がぐらつき、倒壊した。大地震が起こったのである。

二人は、どうにか逃げ抜けた。「ぼく」はその日、地震の原稿を本社に送りつづける。仕事をしていても、避難時にカーラが「もういや! もう、またこんなことになるなんて!」と絶叫していたことが気になる。送稿を終えて「きみは、今までに、何度もこういう災害を見てるんじゃないの?」と尋ねると、彼女はそれを認めた。テキサス・シティの火災、列車事故2回、1年前のリオ・デ・ジャネイロ大火……。それらすべてに居合わせたという。

ここで交わされる「ぼく」とカーラの問答が、この小説の主題だ。「きみは、災害が起こるまえに、何か、感ずるんじゃないか?」「そうなの。わたし、何か恐ろしいことが起こるとき、かならず、何か感ずるの」。不安に駆られて、一人だけでいられなくなるという。「ぼく」は、前夜の情事にもそんな事情があったのかと思い、「奇妙な安堵と失望」の入り交じった気分になるが、カーラは「でも、それだけじゃないわ」と抱きついてくる――。

主題についてあれこれ書くのは、このくらいでやめる。その代わり、作品の後段で出てくる災厄のことで、私がとんでもないことに気づいてしまったことを書き添えておこう。

その災厄とは「一九五五年のマン島レース」で起こった大事故だ。「あの惨事については、皆さんのほうがよく知っているだろう」と作者がことわっているから、実際にあった事象を指しているらしい。レースに出場したクルマが「超満員の観客席の中へ、頭から突っこんで」「マン島レース始まって以来の悲惨な大事故を惹き起こした」とある。死者82人、重軽傷者100人余という数字まで示されているので、これは史実だろうと思った。

このとき頭に浮かんだのが、自動車レースの聖地ル・マンだ。いつのことかはわからないが、ここで大事故があったという話を聞いた気がする。ネットで検索すると、ウィキペディアに「1955年のル・マン24時間レース」という項目があり、接触による炎上事故でドライバーと観客「83名」が亡くなったと記されている(2022年4月15日確認)。この事故を作品に取り込んだのだな、と早合点しそうになった。が、どうもおかしい???

違和感の理由はすぐにわかった。作中で描かれているのは「マン島レース」であって、「ル・マン24時間レース」ではない。マン島は英国の自治保護領で、イングランド西岸のアイリッシュ海にある。一方、ル・マンは字面でわかるようにフランスの小都市で、ロワール地方にある。ここで話がややこしいのは、マン島も有名な「レース」開催地であることだ。オートバイの「マン島TTレース」が、毎年の恒例行事になっている。

これは、作者がわざとすりかえたのか、それとも単なる勘違いか。作者の創意を雑念なしにくみとるのが正攻法だが、作者はレース系の話題が苦手で混同したのだろう、とニヤッとするのも読書の楽しみ方としてはありだろう。もう一つ、翻訳の段階で取り違えられた可能性はどうか。原文で確かめるべきだが、今すぐ手に入らない。推測で言えば、原語で「マン島」は“Isle of Man”、「ル・マン」は“Le Mans”なので、間違えたとは考えにくい。

私の関心は本題から離れ、作中の「マン島レース」事故が実話かどうかという一点で立ち往生してしまった。事実の認定にこだわるのは元新聞記者だからだろう。たまたま読んだSFでこんな難所に出あうとは。私は別の意味で、“もっている”のかもしれない。
*当欄2022年4月8日付「忘れたらどうするかがわかる小説
(執筆撮影・尾関章)
=2022年4月15日公開、通算622回
■引用はことわりがない限り、冒頭に掲げた書物からのものです。
■本文の時制や人物の年齢、肩書などは公開時点のものとします。
■公開後の更新は最小限にとどめます。

忘れたらどうするかがわかる小説

今週の書物/
「奇妙な子供」
リチャード・マシスン著、石田善彦訳
『不思議な国のラプソディ――海外SF傑作選』(福島正実編、講談社文庫)所収

メモリー

忘れることが怖い年齢になった。日常生活のさまざまな局面で、この怖さを実感する。たとえば、玄関を出たときがそうだ。歩きだしてしばらくすると、カギを締めたか、締め忘れたかが気になる。20m先ならすぐ戻るが、50m先だとちょっと悩む。結局は引き返してドアをガチャガチャとやり、施錠済みを確認してホッとするのだが……。以前なら「心配性だな」と苦笑いしたものだが、最近は笑い話では済まされないと思うようになった。

記憶状態をテストしたりもする。先々週もちょっと触れたことだが、私はテレビの2時間ミステリー(2H)が好きだ(*)。今は地上波各局の新作の放映枠が消えてしまったから、旧作をBS局やCS局で観ることが多い。となると、主な制作年は1980~2000年代だ。画面には、懐かしい男優女優が次々に出てくる。そんなときに私が心がけているのは、彼ら彼女らの芸名をフルネームで思いだすことだ。2Hにはそんな効用もある。

このテストでは、ときに自信を失うこともある。その役者を知らないわけではない。世間的にも有名だ。レギュラーの出演番組から私生活の噂話まで次々に思い浮かぶのだが、なぜか名前だけが出てこない。「ほら、あの人、あの人だよ」。モヤモヤが喉元まで届いているのに言葉にならないという感じだ。思いつく苗字をア行、カ行……の順で想起してみるが、どうしても思いだせない。ところが数分たって突然、その名がひらめいたりする。

つくづく思うのは、人間がなにかを覚えているということの不可解さだ。たとえば、私がなかなか思いだせない俳優をAとしよう。Aの出演番組はドラマBやバラエティーCであり、私生活で噂される相手はDだとする。このとき、私の脳ではAがB、C、Dに紐づけられている。A、B、C、Dのネットワークだ。不思議なのは、記憶からAの名が消えても、なにものかがB、C、Dとかかわっているという情報は残存していることである。

で、今週は、私たちの生活が記憶に支えられていることを思い知らせてくれるSF。「奇妙な子供」(リチャード・マシスン著、石田善彦訳)という短編小説だ。『不思議な国のラプソディ――海外SF傑作選』(福島正実編、講談社文庫、1976年刊)に収められている。編者はSF系の作家兼翻訳家兼評論家であり、『SFマガジン』初代編集長としても知られる。その人が「おかしな世界」を描くSFの秀作12編を選んだものが、この短編集である。

この「奇妙な…」は、話の入り方は絶妙だ。夕暮れ時のオフィス街。西日がビル群の窓で照り返されている。窓の下からは車や人々が通りを行き交う音が聞こえてくる――そう、退社時刻だ。この小説の主人公ロバート・グラハムも仕事じまいのモードに入っていた。

午後5時きっかり、処理済みの書類を決裁かごに投げ入れ、帰り支度する。「きょうもまた終った」。さあ、家に帰って夕食だ。食後はテレビを楽しむか、それとも友人夫婦に声をかけてトランプのブリッジでもするか。解放感に浸ってオフィスを出る。

ところがグラハムは、エレベーターに乗ってから困ったことに気づく。妻に頼まれた買い物が何だったか、どうしても思いだせないのだ。シナモンだったか、胡椒だったか、それとも「えぞねぎ(チャイブ)」か。この困惑は彼を襲う変事の予兆にほかならなかった。

ビルの玄関から外に出たときのことだ。今度は、もっと差し迫ったことが思いだせなくなっていた。「今朝、おれはどこに車を駐めたろう?」。グラハムはマイカーで通勤していて、車は路上の駐車用スペースに置いていた。この朝とめたかもしれない場所を一つひとつ思い返していく。あそこはトラックが先にとまっていた、あそこは女性が車をバックギアで入れようとしていた……だが、自分の車がどこにあるのかは見当がつかない。

花屋の前ではないか。あそこにはこれまでも、しばしばとめていた。そう思って足を運んでみると、そこにもなかった。グラハムはその街角に茫然と立ち尽くして、駐車スペースに目を向ける。すると脳裏に、まず緑のフォードが浮かんだ。それが消えると、今度は青のシボレーが現れた。自分の車は緑の1954年型フォードのはずなのに、その記憶もぐらついている。「最初は駐車した車の場所を忘れ、今度は自分の車の型式を忘れてしまっている」

記憶の混乱がマイカーの型式によって顕在化したというのは、いかにも米国の小説らしい。グラハムの脳内では、1932年型の空冷式フランクリンから1954年型のフォードまで「これまでに所有したすべての車の像が走りすぎた」。1947年のプリマス、1938年のポンチャック、1945年のシボレー……その想起は時系列に従っていない。「まるで年月がねじれ、過去と現在がぴったりとくっつき合ってしまったようだった」とある。

グラハムは、改めて自己確認する。「現在は一九五四年だ。おれは三十七歳だ。おれの持っているのは緑色のフォードだ」――だが依然、車の場所は思い当たらない。

グラハムは結局、地下鉄で家に帰ることにする。ところが、地下鉄駅の階段入り口で彼の頭はまた、混乱する。自分はマンハッタンに住んでいるはずだ。いや、ブルックリンだったか。いやいや、クィーンズだ。いやいやいや、ニュージャージー州かもしれない……。

と、このように筋を追っていたら結末に行き着いてしまう。このへんで筋からは離れよう。記憶はどう守られているのか、その問いのヒントをこの作品から拾いあげてみる。

まず言えるのは、記憶には付帯情報があることだ。たとえば、グラハムの住まいの記憶は詳細な住所を伴う。マンハッタンなら西87丁目568番地3-Cアパートメント、ブルックリンなら東7丁目222番地……。これは、情景付きのこともある。ブルックリンの記憶には「プロスペクト公園の近くのあの小さな家」が結びついている。これでわかるのは、一つの記憶が記憶として成立するには、それを支える関連記憶が欠かせないということだろう。

住んでいる場所を、一度でも住んだ記憶がある場所から選びだすときも付帯情報が助けになる。グラハムはクィーンズやニュージャージー州に住んだことを覚えていたが、その一方で、クィーンズには少なくとも15年間住んでいない、ニュージャージー州に住んでいたのは10歳まで、という別の記憶もしっかり保っていた。これによって、現住所の候補地のうち二つは過去の居住地として排除できる。消去法で答えを絞り込めるのである。

ここでふと頭をかすめるのは、人間はふだんからこんな作業を脳内で繰り返し、それによって自分の記憶を補強しているのではないか、という仮説だ。そして、一つのことをすっかり忘れてしまったときには、脳内に残された関連の記憶を総動員してそこから元の記憶を再建しているのかもしれない。朝出た家へ夜帰る、よその家には闖入しない、という日常の安定もそんなしくみに支えられているのか。ちょっと心細いが、心強くもある。

もう一つ、記憶の支えとなりそうなものに文書がある。証明書の類だ。現代社会では、これは最強のように思える。この作品でも、グラハムが運転免許証を手にとる場面があって、これで一件落着かと思わせる。ところが、そうは問屋が卸さない。免許証の住所は転居時に変更を届けていなかったものではないか、と本人自身が疑う。書かれていることが事実とは言えないのだ。少なくともこの小説の作者は、文書を信用していない。

それで私がふと思いだしたのが、去年も今年もコロナワクチンの接種会場で運転免許証を提示したことだ。スタッフは、免許証の写真と私の顔を見比べ、私を私と断定した。だが、よくよく考えてみれば、免許証に記された名前の人物が免許証の写真の人物と同一であることの根拠はどこにあるのだろう。大昔、免許証を初めて取得したときに厳密な審査を受けたようには記憶していない。そもそも、私は私で間違いないのか。

この小説の結末は、ああそういうことか、と思わせるものだ。そこにはSFらしい筋立てがある。ただ、その筋を抜きにしても、この作品は興味深い。人生なんてしょせん、記憶の断片の寄せ集めではないか。そんなことを、さりげなく教えてくれるからだ。私たちは日々、その断片を組み立て直して自分という系(システム)をつくりあげている。それがばらばらになる日まで組み立てつづけるのが人間というものなのだろう。
*当欄2022年3月25日付「西村京太郎、鉄道の魔術師
(執筆撮影・尾関章)
=2022年4月8日公開、同日更新、通算621回
■引用はことわりがない限り、冒頭に掲げた書物からのものです。
■本文の時制や人物の年齢、肩書などは公開時点のものとします。
■公開後の更新は最小限にとどめます。

箱男の気持ち、今ならよくわかる

今週の書物/
『箱男』
安部公房著、新潮文庫

箱の内側

コロナの春がまためぐってきた。咲き誇る桜並木の下を、乱れ散る花びらの中を、行き交う人々と距離をとりながらマスク姿で歩くのも3年連続となった。おととし「今年ばかりは仕方ない」と思って受け入れた急場の作法だったが、それがもはや習慣になっている。

長閑なり距離を取りあう箱男(寛太無)

こんな行動様式がすっかり身についてしまったからか。街をぶらついていて頭に浮かんだのが「箱男」という言葉だ。顔面は口も鼻も頬もすべて覆っている。人が近づいてくれば、無意識にその人から遠のいている。これなら、だれかとすれ違っても気づかれないだろう。挨拶しなくても済みそうだ――そんな自分の姿は、頭からダンボール箱をかぶった人間と同じではないか。それで、前掲の拙句を先日の句会に出したのである。

「箱男」は小説の題名だ。前衛の作風で知られる安部公房(1924~1993)の長編小説である。発表は1973年。第1次石油ショックが高度成長を終わらせた年だが、日本社会が石油高騰の直撃を受けたのは晩秋のことなので、高度成長最末期の作品と言ってよい。

考えてみれば、「箱男」という発想はあの時代にぴったり合っていた。なによりも「箱」が世間にあふれ返っていたからだ。私の幼少期は高度成長期に入る前で、物を入れる大ぶりの箱といえば木製のリンゴ箱だったが、それがいつのまにかダンボール箱に代わっていた。軽量で組み立て式のところが、大量生産品の包装に適したのだろう。スーパーの倉庫にダンボール箱が山積みになっている光景は、高度成長期の象徴の一つだった。

人が箱をかぶるというのも、あの時代らしい思いつきだ。高度成長期の象徴には団地の風景もあった。直方体の建物がずらりと並んでいる。同一規格の建物それぞれに同一規格の居住空間が詰め込まれている。これだけでもう、「箱男」と言えるではないか。

高度成長期は人間関係が一変したころでもあった。農漁村部にあった地縁血縁の社会が縮まる一方、大都市圏では縁の希薄な社会が膨らんだ。都市の人間は多かれ少なかれ、人間関係を節減したのだ。「箱男」のたたずまいには、そんな状況が投影されている。

で今週は、その『箱男』(安部公房著、新潮文庫、1982年刊)を読む。筋はあるのだが、その流れを入念に追いかけていると読みどころを見逃してしまう――そんな作品だ。背景には、1950~60年代にフランス文学界を席巻した「新しい小説(ヌーヴォー・ロマン)」「反小説(アンチロマン)」の影響もあるだろう。著者は切り抜き帳を作成するように、さまざまな文章の――ときには画像の――切れ端をぺたんぺたんと貼りつけていく。

それは、冒頭4ページを見ただけでもわかる。
1ページ目 ネガフィルムの1コマ(被写体は判別困難)
2ページ目 新聞記事(東京・上野で「浮浪者」の取り締まり)
3ページ目 「ぼくは今、この記録を箱のなかで書きはじめている」など
4ページ目 「箱の製法」と題して「材料」「工具」を列挙

5ページ目からは「箱の製法」が詳述される。たとえば、ダンボールの大きさは縦横それぞれ1m、高さ1.3mぐらいが最適なこと。強さについていえば、標準品でも「一応の防水加工」が施されているのだが、雨季に耐えるものがほしければ、ビニール被膜で覆われた「蛙(かえる)張り」があること。底蓋を内側に折り込み、針金やテープでとめておけばポケット代わりに使える、といった体験者ならではの知恵も伝授されている。

「製法」指南をもう少し続けよう。箱の内壁には、針金を使って鉤(かぎ)を取りつける。ここに「ラジオ」や「湯呑(ゆの)み」や「魔法瓶」や「懐中電燈」や「手拭(てぬぐ)い」などをぶら下げるのだ。箱は移動可能の住居であって、衣服ではない。

微に入り細を穿って説明されるのが、「覗(のぞ)き窓の加工」だ。窓の寸法の参考値は上下28cm、左右42cm。結構、大きい。ただしそこには、縦方向に切れ目がある「艶消しビニール幕」を垂らしておく。箱男がまっすぐに立っているときは「目隠し」になるが、体を傾ければ切れ目に「隙間(すきま)」ができて「向うが覗ける」。隙間には「目つき」のような「表情」を生みだす効果があり、箱男の身を外敵から守ってくれる。

この開口部にこそ箱男の本質がある。向こうからこちらは覗けないが、こちらから向こうは覗ける、ということだ。これは、コロナ禍で日常のいでたちとなったマスク姿にも通じる。だからこそ、私は拙句のように春の街に箱男の影を感じとったのである。

人はどんな事情で箱男になるのか。「Aの場合」はこうだ――。きっかけは、自宅のあるアパートの周辺に箱男が住みはじめたことだ。ビニールの切れ目からのぞく片眼が不気味だった。Aは、その箱をめがけて空気銃を撃つ。急所を外したつもりだが、箱男は血痕かとも思われる黒ずみを地面に残して去っていった。2週間ほど後、Aが冷蔵庫を買い替えたとき、ダンボールの包装を解くと「いきなり箱男の記憶がよみがえってきた」。

Aは「しばらくあたりの様子をうかがってから、窓のカーテンを閉め」「おずおずと箱の中に這い込んでみた」。これが、箱の空気を初めて吸った瞬間だ。翌日には箱に窓を開け、中に入ってみる。そのとたん箱からとび出て、それを蹴り飛ばした。胸がドキドキして危険さえ感じたのである。だが3日目になると、箱の内側にとどまって、窓から「外」を覗けるようになった。こうして、しだいに箱男の世界に引き込まれていく。

窓越しに見た「外」の様子はこうだ。「すべての光景から、棘(とげ)が抜け落ち、すべすべと丸っこく見える」。古雑誌の山も、小型テレビも、灰皿代わりの空罐も、実は「棘だらけで、自分に無意識の緊張を強いていたことにあらためて気付かせられた」とある。これを私なりに解釈すれば、私たちは日々、身のまわりのあらゆるものに敵意を感じ、警戒しているということだろう。箱は、その敵意に対する盾にほかならない。

4日目は箱の中からテレビを視聴した。5日目は室内では原則、箱のなかにいた。6日目、箱を脱いで街に出かけ、生活用品一式と食料を買い込んだ。これが何の準備かは容易に想像がつくだろう。興味深いのは、このときポスター・カラー7色を買ったことだ。帰宅して箱に戻り、内壁に吊るした手鏡に向きあい、懐中電燈を灯して、顔面にポスター・カラーを塗りたくった。箱は、自身の変身願望を満たしてくれる装置にもなるらしい。

7日目、「Aは箱をかぶったまま、そっと通りにしのび出た。そしてそのまま、戻ってこなかった」――こうして箱男が誕生したのである。いや、アパート周辺をうろついていた箱男の記憶がAの欲望に火をつけたのだから、箱男が増殖したと言ったほうが正確だ。

このくだりの結語部分で著者は、箱男になりたいという衝動はA一人のものではないことを強調している。それは「匿名(とくめい)の市民だけのための、匿名の都市」を「一度でもいいから思い描き、夢見たことのある者」にとって「他人事ではない」という。

ここでは「匿名の都市」について言い添えられた注釈が欠かせない。その都市では「扉という扉」が「誰のためにもへだてなく」開放されている。逆立ち歩きをしようが、道端で眠りこけようが、道行く人を呼びとめたり、歌を歌ったりしようが、すべてが「自由」。しかも、「いつでも好きな時に、無名の人ごみにまぎれ込むことが出来る」のだ。箱男は引きこもりの一形態のように見えて、そうではない。匿名でいるのは自由がほしいからだ。

では、今の世の中はどうか。匿名性は高まったように思う。報道では、当事者の名前が出ない記事がふえた。ネットには、ハンドルネームの書き込みが飛び交っている。だが、その一方で私たちは個人番号で管理され、防犯カメラで監視されている。ネットの向こう側に行動履歴や閲覧履歴が筒抜けで、広告戦略に利用されたりもする。匿名で自己を隠しているように見えて、いつもどこかから見られているのだ。匿名でも自由ではない。

現代の匿名は、箱男の箱ほどの効力もない。こういう時代だからこそ、箱男の気持ちがよくわかる。マスクで顔を覆い、人に近づかないようにしながら歩く――その日常に箱男との類似をみても怒りが湧いてこないのは、そんな理由からかもしれない。
(執筆撮影・尾関章)
=2022年4月1日公開、通算620回
■引用はことわりがない限り、冒頭に掲げた書物からのものです。
■本文の時制や人物の年齢、肩書などは公開時点のものとします。
■公開後の更新は最小限にとどめます。

西村京太郎、鉄道の魔術師

今週の書物/
『寝台特急(ブルートレイン)殺人事件』
西村京太郎著、光文社文庫、新装版2009年刊

時刻表

売れっ子ミステリー作家の西村京太郎さんが91歳で逝った。亡くなったのは3月3日木曜日。奇しくもその週、私は西村京太郎漬けだった。CSテレビ局の「チャンネル銀河」が連夜、西村作品の2時間ミステリー(略称2H)を放映していたからだ。(以下敬称略)

月曜は「北陸L特急殺しの双曲線」(フジテレビ系列、1987年)、火曜は「L特急さざなみ7号で出会った女」(日本テレビ系列、1988年)、水曜は「寝台特急『ゆうづる』の女」(フジテレビ系列、1989年)、木曜は「寝台特急『はやぶさ』の女」(テレビ東京系列、2004年)、金曜は「寝台特急(ブルートレイン)八分停車」(テレビ東京系列、2004年)――そんなラインアップだった。金曜は見逃したが、月~木は西村2Hにどっぷり浸った。

こうしてドラマの題名を書きうつしていると、西村京太郎は鉄道の魔術師であったと思えてくる。その魔力を使いこなしているのだ。鉄道は本来、人々や物資を駅から駅へ運ぶのが役目だ。だが現実は、それにとどまらない。駅の音と光はどうか。プラットホームのざわめき、構内アナウンス、発車を告げるベル、列車がゆっくりと動きだし、尾灯がホームから遠ざかる……。これらが魔力となって、私たちの想像力を刺激する。

とりわけ長距離列車は、強い魔力を帯びている。列車に乗る人は今、この街を離れようとしているのだ。過去と縁を切るつもりなのだろうか、それとも、未来へ歩みだそうとしているのか。心を占めるのは失意なのか、希望なのか。乗客の一人ひとりがいわくありげのように思えてくる。実際には業務出張で移動中という人が大半を占めるのかもしれないが、たまたま乗り合わせた隣席の人物に人間ドラマを見ようとしてしまうのである。

鉄道のもう一つの魔力は、運行ダイヤにある。列車はA駅を出る時刻もB駅に着く時刻も時刻表の通りで狂いがない。A駅10時20分発、B駅12時10分着の列車を考えてみよう。途中に停車駅がないとすれば、A駅からB駅までの1時間50分、乗客は缶詰めになる。そこにあるのは、時間と空間が限られた小宇宙だ。しかも、その小宇宙は外側にいる人――たとえばホームに立っている人――から見れば、ものすごい速度でぶっ飛んでいる。

西村京太郎は、そんな鉄道の魔力満載の「トラベルミステリー」という作品群を生みだした。第1作は1978年、光文社「カッパ・ノベルス」の1冊として書き下ろした長編『寝台特急(ブルートレイン)殺人事件』だ。1984年、光文社文庫に収められ、2009年には文庫新装版が出た。巻末には、この作品のカッパ・ノベルス以来の発行部数が、文庫新装版初版までの累計で120万6000部であると記されている。今回は、この作品を読もう。

作品冒頭は、いきなり東京駅13番線ホームの場面だ。青木という週刊誌記者が夜行寝台列車(愛称「ブルートレイン」)ブームの記事を書くため、東京発西鹿児島行き寝台特急「はやぶさ」に乗ろうとしていた。このくだりでは、列車が14両編成であること、まもなく繋がれる電気機関車が「EF65形」であること、車内照明や冷暖房の電源車はすでに連結済みでディーゼル発電機のエンジン音を放っていることが、縷々書き込まれている。

著者は、世に言う“鉄ちゃん”(鉄道愛好家)なのだ。東西の名作ミステリーには、松本清張作品であれ、アガサ・クリスティー作品であれ、駅の描写がしばしば出てくるが、これほど列車そのものの細部にこだわった書きぶりには、そうそう出合わない。

とはいえ、著者はただの“鉄ちゃん”ではない。その鉄道描写には詩情が漂う。「はやぶさ」は東京16時45分発。青木がホームに立ったのは3月下旬の午後4時ごろで、あたりにはまだ陽光があふれていた。だが、「夜行列車での旅立ちというのは、新幹線のあわただしい出発とは、どこか違った感傷がある」。なるほどと思ったのは、その「感傷」を呼び起こすものの一つに「ライトブルーの丸みをおびた車体」を挙げていることだ。

たしかにそうかもしれない。蒸気機関車(SL)はゴツゴツしていて力強い。マッチョな感じがする。新幹線はすらりとしていて、頭も切れそうだ。でも、どこか冷たい。これに対してブルートレインの客車はたおやかであり、肉感的でさえある。

さて、この小説の主舞台は、「はやぶさ」の1号車A寝台だ。列車片側の通路沿いに個室14室が並んでいる。青木が編集長から手渡された切符は、その7号室のものだった。この特権的な空間を、読者はひととき青木の目を通してのぞき見ることができる――。

座席兼ベッドには、枕やシーツ、毛布などが備えられている。窓は約1メートル四方というから、結構広い。壁には鏡がかかっていて、そばには、電気かみそりが使えるようにプラグの差し込み口もある。窓際にはテーブル。乗客のなかには、ちょっとした書きものをする人もいるだろう。驚くのは、テーブルの天板が蓋になっていることだ。これを開けると洗面台が設えてある。「C」と「H」の蛇口があって、手や顔を洗ったりもできるのだ。

トイレとシャワーがないことを別にすると、ホテルの部屋に近い。鍵を内側からかければ密室にもなる。前述したように、列車はそれ自体が密室だ。著者は、そのなかの個室車両を舞台に選ぶことで、密室の内部にもう一つ密室を用意した。入れ子構造である。これによって、作品のミステリー性がいっそう高まった。列車内でひと騒動あったとき、個室の乗客が通路に出てこないという場面があって、不気味な雰囲気を醸しだしている。

さて、鉄道ミステリー最大の醍醐味は時刻表のトリックだ。この作品では、それがアリバイ工作にかかわるだけではない。列車ダイヤの読み方に捻りが利いている。著者が目をつけたのは、東京16時45分発の「はやぶさ」に双子のきょうだいのような寝台特急がもう1本あることだ。東京18時00分発西鹿児島行きの「富士」である。両特急は車両編成が同じ。九州に入ってからは別ルートをとるが、本州の走行区間はまったく共通する。

おもしろいのは、青木記者が自分は本当に「はやぶさ」に乗っているのか、わけがわからなくなることだ。神戸・三ノ宮駅を発車したころに眠りに落ち、目が覚めたとき――。車両前方のトイレに行って戻ってくると、隣の8号室から和服の女性が出てくる。おかしい。8号室にはワンピース姿の若い女性がいて、終点で降りると言っていたのだが……。和服の女性に問いただすと、やはり終点まで行くと言う。切符も堂々と車掌に見せている。

そんなこんなで頭が混乱しているとき、列車がスピードを緩めた。どこかの駅を通過するらしい。青木の目に「くらしき」の文字が飛び込んできた。「倉敷か」。腕時計に目を移すと、午前4時2分。「もう四時か」。ふつうなら、それだけの話だ。だが、青木は取材のために予備知識を仕入れていたので、ピンときたらしい。時刻表を改めて調べてみると、下り線で倉敷よりも先にある糸崎に停車する時刻が3時35分ではないか。

時刻表の論理で言えば、「はやぶさ」が倉敷を通過するのは、三ノ宮を出る0時36分から糸崎に着く3時35分の間でなければならない。これほどの遅れは不測の事故でもない限りないはずだが、その気配はなかった。ここで青木は時刻表にまた目をやって、突飛なことを思いつく。「この列車が、〈はやぶさ〉でなく、〈富士〉だったら?」――「富士」は倉敷通過後、福山停車が4時26分となっているから、これならぴったり計算が合う!

では、青木が「はやぶさ」から「富士」に乗り移ることはありうるのか? 量子情報科学の量子テレポーテーションを使えば可能かもしれないが、1970年代の推理小説にそれはないだろう。青木は三ノ宮から眠り込んだので、本人が気づかないまま列車を乗り換えたということか。だが時刻表を見る限り、「はやぶさ」に三の宮・倉敷間の停車駅はない。なにか裏技でもあったのか、いや、そもそもほんとうに乗り換えがあったのか――。

この答えは言わない。ただ、「はやぶさ」の座標系を「富士」の座標系が追いかける様子には相対性理論の趣がある。テレポーテーションの可能性が頭をかすめるところでは、量子力学の香りがする。西村京太郎の鉄道ミステリーには、現代物理学の風味もあるのだ。
(執筆撮影・尾関章)
=2022年3月25日公開、同日更新、通算619回
■引用はことわりがない限り、冒頭に掲げた書物からのものです。
■本文の時制や人物の年齢、肩書などは公開時点のものとします。
■公開後の更新は最小限にとどめます。