ノーベル物理学賞が一線を越えた

今週の書物/
2020
年ノーベル物理学賞発表資料(下の画像はその一部)
スウェーデン王立科学アカデミー

特異点

ノーベル賞の発表資料、とりわけ理系3賞のそれは、なかなか読み応えがある。

中身の難解さは超一級。論文で読めば、術語だらけ、数式交じりということになろう。ところが、発表資料のうちでもプレスリリース即ち報道用の資料や一般向けの解説は、タウン誌さながらの平たい文章で書かれている。その落差にこそ値打ちがある。

無署名の文書だ。だれが書いているのだろうか。いつも、そう訝る。建前から言えば、賞の選考にあたった科学者の一人とみるべきだろうが、それにしては文章がこなれている。手練れの科学ジャーナリストか、あるいは、それに類する人の手になるものか?

この推察にも、疑問がついて回る。ノーベル賞の選考は、発表のその瞬間まで厳秘という前提で進められている。それが大詰めにさしかかったところで、秘密をそっくり部外者に預けるということがあるだろうか。その人がメディア系なら、おしゃべりが多い。自分で特ダネとして報じるのは掟破りということで控えるだろうが、賞の行方がどのあたりかを匂わすくらいは、ワイン片手の雑談の場などでありそうなことではないか?

それにしては、ノーベル賞の選考経過はめったに漏れない。2010年、医学生理学賞を地元スウェーデン紙がすっぱ抜いた例が思いだされるくらいだ。発表資料づくりに部外の書き手の関与があるのなら、その人物はよほど謹厳実直な人なのだろう。

筆者の謎を深追いするのはやめよう。私はさきほど、発表資料が「こなれている」と書いた。専門の話をかみ砕いて伝えていることは間違いない。だが、それだけではないのだ。選考時の議論を踏まえてのことだろうが、受賞研究の価値を的確にえぐり出している。科学研究をめぐる文章は、それが価値評価の次元に及んだとき、もはや術語や数式は要らなくなる。だからそれは、タウン誌同様、平明な文章であって不思議はない。

で、今週の「書物」は、ノーベル各賞の発表資料。この文書は、去年も物理学賞と平和賞について当欄の前身「本読み by chance」でとりあげている(2019年10月11日付「ノーベル賞がETを視野に入れた日」、2019年10月18日付「平和賞があえて政治家を選んだわけ」)。今年は2回に分けて、理系各賞の発表資料から、これはという読みどころを拾いあげよう。今週はまず、10月6日に発表された物理学賞に目を向けてみる。

物理学賞は、ブラックホールの研究者3人に贈られる。英国のロジャー・ペンローズは1965年、ブラックホールの形成が一般相対論から導きだせることを示した。ドイツのラインハルト・ゲンツェル、米国のアンドレア・ゲズは1990年代以来初頭の天体観測で、銀河系の中心に超大質量高密度の天体が存在することを確認した。太陽の400万倍もの質量が太陽系ほどの領域に詰まっている。ブラックホールがあるに違いなかった(敬称略、以下も)。

今回の選考結果で興味深いのは、2年続きで宇宙・天文分野が選ばれたことだ(前述の「ノーベル賞がETを視野に入れた日」参照)。しかも、受賞者の構成が理論家1人、観測家2人というのも同じ。理論家が一角を占めたのは、宇宙物理学の現況を反映している。

ノーベル賞は手堅いので、検証が難しい研究は敬遠される。だから、宇宙物理の理論家、即ち宇宙論の学者は不利だった。あのスティーヴン・ホーキング(1942~2018)が受賞に縁がなかった理由の一つもそこにある。ところが、ここ数十年で宇宙観測の技術が格段に進歩した。可視光を含む電磁波や素粒子を精度良くとらえる機器が、地上や地下や宇宙空間に勢ぞろいしてきた。理論家の仕事が観測で裏打ちされる時代に入ったのだ。

ここでは、そんな宇宙論学者ペンローズ(1931~)に焦点を当てる。ただ、この人は宇宙のことだけを考えているのではない。「ペンローズのタイル貼り」という幾何模様で有名な数学者でもある。心とは何か、という人文系の難題にも挑んで著書を出している。ホーキングとは同分野の人。好奇心旺盛なところも似ている。私は現役時代、覚えている限りで計3回、取材の機会を得た。至言をいくつか聞いているが、その紹介は別の機会に譲ろう。

今回の発表を聞いて、私には一つ疑問が湧いた。ブラックホールを予言したのはペンローズが初めてだったのか、ということだ。答えは、発表資料のうち一般向けの解説で明かされている。「いま私たちがブラックホールと呼ぶものの最初の理論的な記述は、一般相対論の発表後、数週間のうちに出ている」。プレスリリースにも、アインシュタインがブラックホールの実在を信じなかったという話が出てくる。概念そのものは早くからあったのだ。

では、ペンローズのブラックホールはどこが違うのか。一般向けの解説によると、違いは「特異点定理」にあるらしい。特異点では、物質の密度が無限大であり、空間も時間も止まって既知の法則は破綻する。彼は、それを組み込んだブラックホール像を描きだしたのだ。その描像では、「事象の地平線」と呼ばれる境目の内側で時間が空間に取って代わる。吸い込まれた物質はすべて時間の流れに乗って最奥の特異点まで運ばれ、そこで時間も止まる。

このような筋書きで、物体が自らの重みで潰れたときにブラックホールをかたちづくることを「現実的な解」として示したのが、ペンローズの理論だった。

では、プレスリリースでもっとも印象に残る記述を挙げよう。ペンローズがブラックホールの細密に描きだしたことを述べた後、このように書かれている。“at their heart, black holes hide a singularity in which all the known laws of nature cease.”

「ブラックホールは、その心臓部に特異点を隠しもっている。その一点では、私たちが知っている自然法則のすべてが停止する」。これは、ノーベル賞が一線を踏み越え、現代物理学の枠外にある無法地帯――地帯というより地点だが――を認めたとも読みとれる。

さて、ゲンツェル、ゲズそれぞれのグループが、銀河系中心のブラックホールの存在を確信したのは、周辺の天体運動を精密に測定したからだった。特異点という抽象的な存在を具体的な現象で裏づけたことになる。だからこそ、ノーベル賞も一線を越えられたのだろう。

最後にもう一度、ホーキングの話を。実は彼も1960年代、ペンローズとともに特異点定理の研究をしている。あと3年ほど長生きしていたら、今回の受賞者に名を連ねることもあったのではないか? 一瞬そんなふうにも思ったが、それはちょっと違う。

ホーキングは著書『ホーキング、宇宙を語る――ビッグバンからブラックホールまで』(スティーヴン・W・ホーキング著、林一訳、ハヤカワ文庫NF)で、1965年に「ペンローズの定理について読んだ」と述べている。その定理では、重力崩壊する物体は「最後には特異点をつくる」としていた。これこそが、今回の受賞研究だ。どうやら、特異点の探究では、10歳ほど年長のペンローズに一日の長があったとみて間違いないらしい。

ホーキング自身が特異点の研究で注目を集めるようになったのは、1970年にペンローズとの共著論文を発表してからだ。この論文は、一般相対論が成り立てば、宇宙の始まりに「ビッグバン特異点」があるはずだとの見方を示していた。彼はその後、この特異点を消し去るべく、自らの宇宙論に虚時間の世界をもち込むのだ。(「本読み by chance」2018年3月30日付「ホーキングの虚時間を熟読吟味する」)

宇宙観測の技術は、日進月歩で進んでいる。だが、宇宙の始まりに特異点があるかどうか、そこに虚時間があるかどうかの判別は簡単ではない。ホーキングは没後の今も、ノーベル賞から遠いところで讃えられる科学者であり続ける。それはそれで、よいことではないか。
(執筆撮影・尾関章)
=2020年10月9日公開、同日最終更新、通算543回
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