「週刊朝日」デキゴトの見方

今週の書物/
『デキゴトロジーRETURNS
週刊朝日編、朝日文庫、1995年刊

「週刊朝日」2023年2月24日号

「週刊朝日」が5月末に終わる。公式発表によれば「休刊」だが、これは出版業界では実質「廃刊」を意味する。朝日新聞社が1922(大正11)年に創刊して、最近はグループ企業の朝日新聞出版が引き継いでいたが、満100歳超えの年に退却することになった。

私にとっては古巣の新聞社の刊行物なので、落胆はひとしおだ。メディアの紙ばなれが進み、新聞報道と結びついた出版文化の担い手が退場するのは、ジャーナリストの一人としても残念に思う。だが、それだけではない。この雑誌には私的にも思い出がある。

私が大学に入った1970年代初め、「週刊朝日」は表紙に毎号、同じ一人の女子を登場させていた。その女子の名は「幸恵」。10代で、私よりも少し年下だった。週がわりでポーズや表情を変えてくる。私は彼女の可憐さに惹かれ、この雑誌の愛読者になった。

そのことを物語る証拠物件が先日、見つかった。学生時代に友人たちと出したガリ版刷りの同人誌である。私も短編小説を載せたが、そこに彼女が登場していた。作中人物というわけではない。ただ、冒頭にいきなり顔を出す。「アスファルトの上に週刊朝日。表紙の幸恵が雨にぬれてびしょびしょだ」。自賛になるが、雨の路面に「週刊朝日」が貼りついているなんてイカシタ情景ではないか。読み手に作品世界を予感してもらう効果はあった。

当時の青年層には「朝日ジャーナル」が人気の雑誌だったが、高度成長が極まり、反抗の季節が過ぎるころには世相とズレが生じていた。これに対して「週刊朝日」は透明感があり、端然としていてかえって新鮮だった。その象徴が「表紙の幸恵」だったともいえる。

私は1977年、朝日新聞社に入社。「週刊朝日」は職場のあちこちに置かれていたから、読む機会がふえた。お気に入りは、1978年に始まった「デキゴトロジー」という企画。小話のような体裁で、ラジオ番組で聴取者のはがきが読まれるのを聴いている感じたった。

で、今週の1冊は『デキゴトロジーRETURNS』(週刊朝日編、朝日文庫、1995年刊)。誌面に1993~1995年に載った100話余りを収めている。本書カバーの惹句によれば、それらは「ウソみたいだけど、ホントのホントの話ばかり」。新聞社系の雑誌なのでホントを載せるのは当然だが、新聞とは違ってホントであればよいわけではない。そのホントが「ウソみたい」なところに当誌は価値を見いだしているのだ――そんな宣言である。

たとえば、1995年1月17日、阪神・淡路大震災が起こった朝の話。神戸市東灘区の女性66歳は激しい揺れと大きな音に驚き、「やっぱり高速道路が落ちよった。渋滞しすぎたんや」と思った。阪神高速のそばに住んでいるので、高架が車列の重みにいつまで耐えるか日ごろから気がかりだったのだ。「心配してたとおりやろ」。その見当外れのひとことに「地震でどこかに頭、打ったんか」と息子。母は「地震ってなんや」と答えた――。

「ウソみたい」な話ではある。だがあのころ、関西圏の直下で大地震が起こると考えていた人はそんなに多くなかった。強烈な揺れと音に襲われて地震以外のことを思いつく人がいても不思議はない。一家族のこぼれ話でありながら、一面の真理を突いている。

この親子のやりとりは漫才もどきだ。「地震ってなんや」のひとことはオチにもなっている。大震災を題材にすることは不謹慎と非難されかねないから難しいが、この一編に後味の悪さはない。話術に長けていても、無理に笑いをとろうとしていないからだろう。

もちろん、デキゴトロジーにはただの笑い話も多い。東大阪市の「女性カメラマン」38歳の体験談。大の犬好きで、散歩で白い雑種犬と出会ったとき、「犬に会釈した」。犬は、これを勘違いしたらしく「すれちがいざま、すばやく左フトモモに噛みついた」。飼い主がその場で詫びて別れたが、帰宅後に噛まれた箇所を見ると、歯形が残り、血が出ているではないか。彼女は動転してタウンページで獣医の番号を探しあて、電話をかけた――。

オチは獣医のひとこと。「人間のお医者さんに診てもらったらどうでしょうか」。要約すればそれだけの話だが、原文の筆致は軽やかだ。この話題からは特段の教訓が汲みとれるわけではない。ただ、私たちが日常しでかしそうな失敗の“あるある”である。

このように、デキゴトロジーは個人レベルの話を主体にしている。ここが、官庁を情報源とすることが多い新聞記事と大きく異なるところだ。官庁情報は公益に寄与する価値を帯びており、建前本位であり、統計的である。無駄な情報がまとわりついていても、それらは削ぎ落とされて発表される。これに対し、個人の体験談はたいてい無駄な情報が満載の世間話に過ぎない。だが、「ウソみたい」な「ホントの話」の多くはそこに宿る。

市井の個人情報を中心にしているので、危うい話はたくさんある。翻訳業に就いている大阪府在住の女性34歳の目撃談。初夏の午後、電車に乗って仕事がらみの資料を読んでいると、女子高生二人組の大声が聞こえてきた。目をあげると、二人は向かい側の座席でソックスを脱いでいる。いや、それだけでは終わらない。「平然とパンストをはき始めた」。まるで「女子更衣室」状態。近くに座る若い男性は「恥ずかしそうに下を向いていた」――。

考えてみれば、この一話が書かれたのは、電車で化粧することの是非が世間で議論の的になっていたころだ。女子高生二人もパンスト着用後、化粧に着手したという。そう考えると、電車の「更衣室」状態は公共空間の私物化が極まったものと言えなくもない。

危うさはときに警察のご厄介にもなる。今ならばコンプライアンス(遵法)尊重の立場から記事にしにくい領域にも、当時のデキゴトロジーは果敢に踏み込んだ。たとえば、「名門女子大」の学生が「駅前から撤去されて集積所に置かれた放置自転車」を「試乗」して見つかり、警察署で始末書を書く羽目になったという話。記事には「窃盗現行犯」とあるが、正しくは占有離脱物横領の疑いをかけられ、署で油をしぼられたということだろう。

デキゴトロジーによれば、この女子大生は「借用」に許容基準を設けていた。自転車が撤去から時を経て、所有者も愛着を失うほど「ぼろぼろ」なことだ。「他人の迷惑は最低限に、資本主義社会における罪を最小限に」という「良識」だった。この大学町では、その後も「借用」と思われる自転車が散見されたという。緩い時代だった。今は昔だが、私たちの社会にも法令違反をこのくらいの緩さで考える時代があったことは記憶にとどめたい。

とはいえ、日本社会の緩さはたかが知れている。世界基準はずっと大らかだ。米東海岸在住の日本人女性が西海岸からの帰途、カリフォルニア州オークランド空港でシカゴ行きの便に乗ったときのことだ。座席に着くなり機内放送があった。乗務するはずのパイロットが行方不明。「家に電話したけれど、だれも出ないし心配です」と言う。待たされた挙句、代役のパイロットが乗り込んで離陸したが、それからが大変だった。

代役パイロットが機内放送で、自分は「シカゴ空港に慣れていない」からとりあえずコロラド州デンバーまでお連れする、と説明したのだ。着陸直前には「デンバーは素晴らしいところです」「今度はぜひご滞在を」というアナウンスまで聞かされた。そこでパイロットが入れ代わり、シカゴに到着。東海岸には3時間遅れで戻った。航空会社に悪びれた様子は感じられない。ちなみにこの一話では、女性も航空会社も実名で登場している。

さて、こうした「ウソみたい」な「ホントの話」はだれがどう取材していたのか。本書巻末に収められた「週刊朝日」編集部員の一文によると、執筆陣の主力はフリーランスのライターたちであったようだ。登場人物の職業に「カメラマン」など出版関係が目立つのも、それで合点がいった。デキゴトロジー掲載記事のかなりの部分は、書き手が自分の交際範囲にアンテナを張りめぐらして手に入れた情報をもとにしているらしい。

そう考えると、デキゴトロジーはSNS以前のSNSとみることもできそうだ。ツイッターやインスタグラムなどが広まっていなかったころ、個人発の情報を分かちあうには既存メディアの助けを借りるしか手立てがなかった。そういう情報共有の場を用意したという点で「週刊朝日」は時代を先取りしていたのである。ところが今、個人発の情報は伝達手段を含めて個人が扱える。「週刊朝日」休刊はその現実も映している。
(執筆撮影・尾関章)
=2023年2月17日公開、通算666回
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■本文の時制や人物の年齢、肩書などは公開時点のものとします。
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大晦日、人はなぜ区切るのか

今週の書物/
『世間胸算用――付 現代語訳』
井原西鶴著、前田金五郎訳注、角川文庫、1972年刊

柚子

泣いても笑っても、今年は残すところあと1日だ。この時季、なにを急かされているというわけでもないのに、せわしない。頭蓋には「年内に」という督促が響き渡っている。

現役時代を顧みてもそうだった。新聞社の編集局では秋風が吹くころ、「年内に」のあわただしさが始まる。元日スタートの連載や新年別刷り特集の企画が決まり、取材班が旗揚げして記者たちが動きだす。その力の入れ方は半端ではない。班には名文記者が集められた。出張予算もどんとついた。原稿がデスク(出稿責任者)から突き返され、記者が書き直すことも度々だった。12月も中ごろになると記事は仕上がり、次々に校了されていく……。

今思うのは、新年連載や新年特集は果たして読者の求めに応えたものだったか、ということだ。記事の中身をとやかく言っているのではない。そもそも新年企画なるものが必須なのか、という問いだ。もしかしたら、12月31日付と同じような1月1日付紙面があってよいのかもしれない。だが、私たち新聞人にはそういう選択肢が思い浮かばなかった。12月31日と1月1日の間にある区切りを重視したのだ。それはなぜか。

記者には日々のニュースを伝えるだけでなく、時代の流れをとらえるという大仕事もあるからだ。新年連載や新年特集は、後者の役割を果たす格好の舞台になる。

とはいえやっぱり、年末年始の区切りには、ばかばかしさがつきまとう。理由の一つは、年末の忙しさが年始の休息を捻りだすための突貫工事に見えてくるからだ。実際、新聞社の編集局は年越しの夜、突発ニュースに備える当番デスクや出番の記者を除いて解放感に浸った。部長たちが局長室に集まり、1年を振り返って語らう「筆洗い」という行事もあった。翌日、即ち元日付の紙面が新年企画でほぼ埋め尽くされていたからだ。

そう考えると、新聞の新年企画は家庭のおせち料理に似ている。おせちは、一家の台所を仕切る人々――かつては専業主婦であることが多かったが――が新年三が日の手間を軽減できるよう、日持ちする料理を暮れのうちに詰めあわせたものだ。年末のせわしなさ、あわただしさと引き換えに年始にはひとときの安らぎを確保しよう、という発想が見てとれる。年末年始の区切りは、こんなかたちで私たちの生活様式に組み込まれている。

で、今週は『世間胸算用――付 現代語訳』(井原西鶴著、前田金五郎訳注、角川文庫、1972年刊)。原著は、江戸時代の1692(元禄5)年刊。副題には「大晦日ハ一日千金」とある。井原西鶴(1642~1693)晩年の作品で、市井の年越しを描いた浮世草子だ。

浮世草子は、近世に広まった上方の町人文学。現代に置き換えれば、大衆小説と呼んでよいだろう。本作『世間胸算用』は全5巻計20話から成る。それぞれは短編というよりも掌編で、筆づかいは融通無碍だが、そのなかにドタバタ劇のような小話が組み込まれている。表題を一つ二つ挙げれば、冒頭2話は「問屋の寛闊女」「長刀はむかしの鞘」。ここで「寛闊」(*)は「派手めの」くらいの意味。字面だけを見ても、思わせぶりではないか。

本書には原文があるから、まずそれを読むべきだろう。だが、第1編の「世の定めとて大晦日は闇なる事……」という書きだしを見て、一歩退いた。古文の授業を思いだしたのだ。日本語だから読めないことはない。ただ、意味を早とちりして誤読する危険が高まる。

ありがたいことに本書には「現代語訳」もある。私たちの世代になじみの俗語でいえば〈あんちょこ〉だ。訳者は、近世日本文学の専門家。巻頭の「凡例」で、訳について「極めて不十分なもの」と謙遜して「本文通読の際の参照程度に利用していただければ」とことわっている。ただ、私は西鶴を論じるわけでも、その文体を分析するわけでもない。大晦日の空気感を知りたいだけなのだ。〈あんちょこ〉の活用に目をつぶっていただこう。

現代語訳のページを開くと、書きだしが「大晦日は闇夜であり、それと同時に、一年中の総決算日であるという世の中の定則は……」とある。「総決算日」は原文にない現代風の補いだが、それは文意を汲みとってのことだ。原文より硬くなった印象は否めない。半面、西鶴を訳者の解説付きで読ませていただいている気分にはなれる。現代風の用語はこれ以外にもところどころに織り込まれ、元禄期を現代に引き寄せる効果をもたらしている。

第1話「問屋の寛闊女」からは、元禄期、上方の都市部では消費文化がかなり進んでいたことがうかがわれる。「主婦」(原文では女房)たちは正月の晴れ着に流行模様の小袖をあつらえる。染め賃は高くつくが、模様がはやりものだから逆に目立たない。大金を浪費しているだけだ――。驚きなのは、当時すでに服飾流行=ファッションが人々の消費行動を支配していたことだ。生産者側にも、流行を支える商品の量産体制ができあがっていた。

子ども向け商品の消費も活発だ。親は、正月には破魔弓や手鞠、3月は雛遊びの調度品、5月は節句の菖蒲刀……と季節ごとに品々を用意する。それらは捨てられたり、壊れたりするものだから買い換えが必要だ。この時代、使い捨て文化もすでにあったのだ。

この世相は、商家の営みにも影響を与えていた。この一編では、問屋の主人が年の暮れ、「掛売り買い」の決算ということで取り立て人の攻勢に遭う話が出てくる。主人は、押し寄せる取り立て人たちに振手形を乱発する。総額は、問屋が両替屋に預けている額を大きく上回る。手形を渡す側は紙きれで当座の窮地を切り抜け、渡される側はその紙きれを自分自身の支払いに充てる。元禄の町人社会は、金融の危うさをもう内在させていたのである。

第2話「長刀はむかしの鞘」には、長屋の住人の年越しが綴られる。意外なことに、この所得層は借金取りに追われることは少なかったらしい。家賃は月々払わされている。食料品であれ、生活用品であれ、掛買いなどさせてくれない。「その日暮らしの貧乏人は」「小づかい帳一つ記載する必要もない」のである。ただ、この人たちも「正月の支度」はする。その資金捻出に活用されるのが質屋だ。大晦日の夕刻になって質入れに動きだす。

古傘と綿繰り車と茶釜を一つずつ持ちだして銀1匁を借り受けた家がある。妻の帯と夫の頭巾、蓋のない重箱など計23点で銀1匁6分を調達した家もある。大道芸人は商売道具の烏帽子などを質草に銀2匁7分を手にした。そして、浪人の妻が質屋に持ち込んだのは長刀の鞘。突き返されると、これは親が関ヶ原の戦い(1600年)で武勲を立てたときのもの、と啖呵を切る。関ヶ原からは歳月が流れ過ぎていて、はったりは歴然なのだが……。

取り立て人のなかに知恵者がいたことがわかるのは、「門柱も皆かりの世」という一編。材木屋の丁稚はまだ10代でひ弱な感じもあるが、鼻っ柱は強い。取り立て先の亭主が「払いたいけれども、ないものはない」と庭先で今にも腹を切ろうとすると、取り立て人たちは恐れをなして帰っていったが、この丁稚だけが残る。支払いを済ませるまでは「材木はこっちの物」と言うなり、大槌を振るって門口の柱を外してしまったのだ。

この丁稚は亭主に指南もする。取り立て人を追い払いたければ夫婦喧嘩を昼ごろから始めるのがいい、家を出ていくだの自殺するだの、言いあっているのを見れば、だれもが退散するだろう――。芝居をするにしてももっと上手にやれ、ということか。

「亭主の入替り」という一編にも、友人夫婦と連帯してひと芝居打ち、取り立て人を撃退する方法が登場人物によって伝授されている。それぞれの夫がそれぞれ友人の家に張りついて、強硬な取り立て人の役を演じる。「お内儀、私の売り掛け銀は、ほかの買掛かりとは違いますよ。ご亭主の腸を抉り出しても、埒を明けますぞ」。こんな光景に出くわせば、本物の取り立て人がやって来てもすごすご引き下がるに違いない、というわけだ。

それにしても江戸時代、なぜ代金回収の期限を一斉に大晦日にしたのか。自在に決めればよいものを。古来、人には何事にも区切りをつけたがる習性があるのだろうか。

*「闊」の字は、原文ではこれにさんずいが付いている。
☆引用箇所のルビは省きました。
(執筆撮影・尾関章)
=2022年12月30日公開、通算659回
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終着駅が終着駅に着くとき

今週の書物/
『終列車』
森村誠一著、祥伝社文庫、2018年刊

新宿駅

一つの時代が終わった、という常套句を思わず使いたくなる。この暮れ、2時間ドラマの人気シリーズが二つ消えることになった。テレビ朝日系列で長く続いてきた「終着駅シリーズ」と「西村京太郎トラベルミステリー」。月内に最終作品が放映される。

「終着駅」「トラベルミステリー」と聞いただけではピンとこない人が多いだろう。ただ、主人公が前者は牛尾刑事(愛称モーさん)、後者は十津川警部と聞けば、ああ、あのドラマかと思い当たる人もいるに違いない。シリーズが始まったのは前者が1990年、後者が1979年。長く「土曜ワイド劇場」の看板メニューだった。いま土ワイはなく、後継の2時間ドラマ枠も消滅した。最近はスペシャル番組としてオンエアされてきた。

寂しい話だ。だが、これも必然の定めだろう。両シリーズの俳優陣を思い浮かべれば、それはわかる。モーさんであれ、十津川警部であれ、演じる役者は警察官の定年年齢をとうに超えている。芸能人が若見えするのは確かだが、無理が出てきたのは否めない。

いつまでも続くと思うな、人生と2時間ミステリー(2H)。高齢の2Hフリークとして、この現実は潔く受け入れなければなるまい。で、当欄は今月、両シリーズを振り返る。今週は「終着駅シリーズ」。書物としてシリーズ第1作(1990年放映)の原作となった長編小説『終列車』(森村誠一著、祥伝社文庫)を用意しているが、そこに入る前にテレビの「終着駅シリーズ」について語ろう。今回はあくまで、小説よりもドラマが主題だからだ。

このシリーズには、印象的な場面が二つある。一つは、モーさんの家庭生活だ。住まいは踏切のそばにあって、電車が通るたびに警報音が鳴り、警告灯が点滅する。その光が照らしだすのが警視庁職員住宅の銘板だ。モーさんが帰宅すると、妻澄枝の手料理で夕食となる。間取りは2DKほどだが、リビングもなければ、ダイニングキッチンもない。そこにあるのは、夫があぐらをかいてなごむ茶の間と、妻が背中を見せて調理する台所だ。

モーさんの役は最初の4回だけ露口茂が演じ、1996年の第5作から片岡鶴太郎が引き継いだ。翌年の第7作で岡江久美子演じる澄枝が登場、職員住宅の場面が定番となった。私的感想を率直に言えば、片岡の演技には過剰感があってついていけないことがあるが、それを中和してくれるのが岡江だった。彼女は2020年の第36作まで出演、その年、コロナ禍で帰らぬ人となった。2021年の第37作では、過去の映像が織り込まれた。

もう一つ印象に残るのは、新宿西警察署の捜査会議だ。出演者はシリーズ途中で入れ代わったが、私が好きなのは、秋野太作が刑事課長、徳井優が山路刑事(愛称ヤマさん)という配役だ。モーさんはこのシリーズで、考えに考え抜いた独創的な謎解きをする。その推理に対して、ヤマさんはたいてい批判的だ。二人は仲が悪いのか? どうも、そうではないらしい。課長もこの議論を静観している。どこか、戦後民主主義の風通しよさがあるのだ。

さらにこのシリーズを特徴づけるのが、ドラマの舞台である新宿の土地柄だ。1960~70年代は、若者の街だった。ぶらぶら歩いて名画座やジャズ喫茶で時間をつぶす……数百円あれば半日楽しめたものだ。アングラ演劇、反戦フォークなど対抗文化の発信源でもあった。ところが1980年代、その存在感が薄れていく。代わって目立つようになったのが、副都心区域に建ち並ぶ高層ビル群。コンクリート製の街がもたらす疎外感が強まった。

シリーズ開始の1990年は、バブル経済の絶頂期だ。東京は空騒ぎのさなかにあった。あのころ街に出て深夜まで飲むと、タクシーの空車を見つけるのが至難だった。新宿も1960~70年代の反体制機運は弱まり、銀座、六本木、湾岸地域などと並んでバブリーな街になっていた。ただ新宿には、ほかの街にない特色があった。バブル経済の陰も見えたことだ。新宿駅東方の歓楽街と西口のビル街との対比が、陰翳を際立たせていたようにも思う。

新宿駅はターミナル駅であり、人流の交差点だ。JR線の駅に小田急線や京王線の駅が隣接している。真下には地下鉄丸ノ内線の駅があり、西武新宿線の新宿駅も近い。JR線に乗る利用客だけでも1日平均75万人に達する(2000年の統計、JR東日本の公式サイトによる)。駅全体で見れば、毎日百万人単位の人々が通り過ぎているということだ。総数が大きい分、厄介ごとを抱えた人も多いに違いない。そこに事件のタネがある。

シリーズ名「終着駅」には、違和感もある。東京で終着駅らしい終着駅と言えば、上野駅の13~17番線ホームだ。正面から見渡すと、各線で列車が車止めの手前で停まっている様子を一望できる。最終到着点であることが一目瞭然だ。だが、JR新宿駅にこの光景はない。私鉄線の新宿駅では上野駅13~17番線の眺めを疑似体験できるが、それを「終着駅」とは呼ばない。日々乗り降りする「電車」の行き止まりは「終点」なのだ。

とはいえ、新宿にも終着駅の一面はある。中央本線は東京駅を起点とするが、新宿始発の長距離列車も多いからだ。その裏返しで、新宿止まりの上り列車もたくさんある。新宿駅は甲信地方から見れば東京の玄関であり、間違いなく終着駅でもあるのだ。

では、いよいよ『終列車』(森村誠一著、祥伝社文庫、2018年刊)に入る。この小説は1988年、光文社から刊行された。祥伝社の文庫版に先だって、光文社文庫、角川文庫にも収められている。発表年からわかるように1980年代、バブル最盛期の空気が漂う作品だ。

冒頭では、一見無関係と思われる場面がいくつか断章風に描かれる。ヘアサロンでの男性客と男性ヘアデザイナーの会話、幼女が犠牲となるひき逃げ事故、それとは別の追突炎上事故、暴力団幹部から鉄砲玉となるよう命じられる若手組員――作品はこれらの断片をつなぎ合わせ、ジグソーパズルのように一つの絵を浮かびあがらせていく。その完成形を見せては身もふたもないので、それは控える。ここでは絵の一部を切りだしてみる。

切りだそうと思うのは、二組の男女だ。二組には長距離列車の車中でめぐりあったという共通点がある。5月19日、新宿23時20分発急行アルプスの乗客だった。この列車は松本で中央本線から大糸線に入り、南小谷(みなみおたり)まで行く。首都圏の登山好きを中部地方の山岳地帯へ運ぶ夜行列車だった。どちらも、男女はアルプス車内でたまたま席を隣り合わせる。それが縁で信州でも行動をともにする。だが、二組は対照的だった。

グリーン車の二人はこんなふうだ――。男は40代後半、有名企業の課長で妻子もあるが、社内では窓際扱いされている。そんなこともあって六本木のバーに入り浸り、店のママと関係をもつ。ママは20代。いっしょに信州へ温泉旅行することになり、列車の指定席券も用意したが、彼女は待ち合わせ場所に来ない。男は車内で待つが、ついに現れなかった。このとき、空席を探しまわる別の女が現れた。男はその女に声をかけ、隣席の切符を譲る。

その女も謎めいている。まだ若いが「表情に陰翳(いんえい)があり、全身に懶(ものう)げな頼りなさがある」。男が探りを入れると、「行き当たりばったりの列車」にとび乗り「気が向いた所」に降り立つような旅がしたかった、と女は答える。だが実は、別の男がかかわる訳ありの旅ではないか、と男は疑う。それでも男と女は二人して茅野で降り、蓼科高原の宿へ向かう。どちらも、本来の相手ではない相手に連れ添って……。

この男女は、愛人との蜜月を行きずりの恋で代替したことになる。背景にあるのは、1980年代末の世相か。世にはびこるあぶく銭が軽佻浮薄な行動を誘発したようにも思える。

では、もう一組はどうか。こちらは、鉄砲玉になりそこなった組員の男と、交通事故で夫と子を失った女という組み合わせ。自由席で隣り合うことになった。男の旅にも女の旅にも、逃避行の気配が漂う。この二人も同じ駅で列車を降り、同じ宿の同じ部屋に泊まることになるのだが、一線を越えない。自身の心が苛まれているから相手の心を気遣う。そんな関係だ。きれいごとに過ぎる気もするが、それがこの作品では清涼剤になっている。

森村誠一は二組の男女の対比でバブル社会を風刺したのか。この小説がドラマ化されてまもなく、日本経済のバブルははじけた。作品は近未来を予感していたようにも思える。

*ドラマのデータは、私自身の記憶とテレビ朝日、東映の公式サイトの情報をもとにしましたが、不確かな点はウィキペディア(項目は「終着駅シリーズ」=最終更新2022年11月26日=など)を参照しました。
(執筆撮影・尾関章)
=2022年12月9日公開、通算656回
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物理思考を人の世に生かす方法

今週の書物/
『物理学者のすごい思考法』
橋本幸士著、インターナショナル新書(集英社インターナショナル社)、2021年刊

牛が1頭?

科学を取材してきて、もっとも縁が深かった分野は物理学だ。新聞記者の持ち場は人繰りをどうするかという部内事情で決まることが多いが、それだけではない。記者本人の希望も幾分かは反映される。私が物理学を好んだのは間違いない。それはなぜか。

理由は、いろいろ考えられる。たぶん、学生時代に物理系の学科に所属していたことも影響している。ただ私には、物理になじんでいるから物理を取材するという直線的な動機はなかった。むしろ、その逆だ。物理につまずいたから物理について書きたかったのである。

屈折した心理だ。だが、それなりの理屈はある。私が世界に存在することの根底には物理学がある、という見方は学生時代から変わらない。ただ、その物理学を究めることはだれにでもできることではなさそうだ。だからと言って私たちが物理学に無関心でいたら、宝の持ち腐れではないか。物理知の恩恵に浴する権利は万人にあるはずだ。それに道筋をつけるのが科学記者の仕事だろう――ザクッと言えば、そんな理屈だった。

そう思って物理学の報道に携わってきたわけだが、そのうちに気づいたことがある。「トップクォークが見つかった」「ヒッグス粒子が確認された」「重力波が検知された」……確かに、これらは超一級の発見である。素粒子物理の標準理論が考える通りに粒子の顔ぶれが出揃ったこと、一般相対性理論の予見通りに時空が波打つこと。こうした科学ニュースは、専門外の私たちも知っておいたほうがよい。だが、物理知の恩恵はそんな発見だけなのか。

私が思うに、物理知は物理学の成果だけではない。物理学者の思考様式そのものが知的価値を帯びている。このなかには、社会で共有したいものがある。共有によって、世間の風景は変わるだろう。私たちが科学的になる、とはそういうことではないのか。

当欄はコロナ禍が始まってすぐ、『コロナの時代の僕ら』(パオロ・ジョルダーノ著、飯田亮介訳、早川書房、2020年刊)という本をとりあげた()。著者は、素粒子物理の研究経験がある理系作家。この本では「仮に僕たちが七五億個のビリヤードの球だったとしよう」と、地上の人間を撞球台の球に見立てて感染禍を考察していた。そこで見えてきたのは、人と人が接触しないことが感染拡大を抑える決め手になるという数理だった。

人を球と見なすことには、個人の個性を無視するという点で抵抗もあるだろう。だが、感染という集団現象を考えるときは、とりあえず個人の事情を無視したほうが事の本質に迫れる。この思考法はいかにも物理学者らしい、と私は思った。実際、新型コロナウイルス感染症に対してはワクチン接種が広まるまで人と人の接触削減がほとんど唯一の対抗策だった。私たちは、自分自身にもビリヤードの球のような一面があることを思い知ったのだ。

で、今週は『物理学者のすごい思考法』(橋本幸士著、インターナショナル新書〈集英社インターナショナル社〉、2021年刊)。著者は1973年生まれ。理論物理学者で素粒子論などを研究している。「大阪育ち」で京都大学出身。バリバリの関西人である。本書はエッセイ47編を収める。これらは、『小説すばる』誌の連載「異次元の視点」(2016~2021年)と筆名D-braneでのブログ「Dブレーンとのたわむれ」(2014年)をもとにしている。

バリバリ関西人の本らしく、本書は関西風の風味にあふれている。たとえば、「ギョーザ」「焼肉屋」「たこ焼き」の話題が次々に出てくること。「ギョーザの定理」という1編は、妻子ともどもギョーザを手づくりする話。著者は、具の量に比べて皮の枚数が足りそうもないとき、3個分の具を2枚の皮で包むUFO型の変種を何個交ぜればよいかを考える。その結果、皮がn枚ほど不足ならUFO型を約n個つくればよい、という定理に至るのだ。

ひとこと言い添えると、この場面で著者は「つるかめ算や!」と喜んでいる。確かに、普通のギョーザとUFO型ギョーザをどういう配分でつくるかは算数の問題集に出てきそうだ。本書には、物理学者が使う数学は算数であると論じた1編もある(「数学は数学ではなかった」)。私の印象でも、物理学者の数学は数学者の数学と違って抽象的ではない。この例でいえば、ギョーザという現実世界を映す数理と言えるだろう。算数に近い。

本書には夫婦漫才の楽しさもある。「ギョーザの定理」「たこ焼き半径の上限と、カブトムシについて」の2編は最後の1行に絶妙のオチがあるのだが、それは著者の妻が発するひとことだ。その機知が、著者の思考が数学に近づくのを算数につなぎとめている。

これは余談だが、関西弁も本書の魅力だ。「緑の散歩道と科学」という1編には、著者夫婦が散歩しながら交わす会話がある。「花がムッチャ綺麗なんは、葉っぱが綺麗ちゃうからやんなぁ」「はぁ? なにゆうてんの? 葉っぱも綺麗やんか」――このやりとりは私のような関東人には難しい。「綺麗ちゃう」は「綺麗と違う」→「綺麗でない」という否定表現なのだが、「綺麗じゃない?」と肯定的に聞きとって意味を取り違えてしまう。

本書で物理流の思考をもっとも鮮明に描きだしていると私が思うのは、「近似病」と題する1編だ。冒頭に、物理学者にとって「近似」は「至福の喜び」とある。では、「近似」とは何か。著者によれば、それはジョークのタネにもされる物理学者らしい物言いに凝縮される。「あそこに牛が見えますね。さあ、牛を球だと考えてみましょう」――牛という存在から、角や耳や尻尾や脚を取り去ってしまおうというのだ。こうして牛は球に近似される。

この思考法については『物理学者はマルがお好き』(ローレンス・クラウス著、青木薫訳、ハヤカワ文庫NF、2004年刊)という本がある。ここでマルは球と言い換えてよい。この本は私もかつてどこかで書評した記憶があるが、機会があれば当欄で再読したい。

『コロナの時代の僕ら』の「ビリヤードの球」も、このマルに通じている。物理流の思考は、物事を球やマルに見立てることで物理世界だけでなく人間社会にも適用できるのだ。

物理学者の近似志向には訳がある。本書によれば、それは物理学の研究に「物事の量を比べる」という工程があるからだ。なにごとであっても、どれほど大きいか、どちらが大きいか、その見当をつけることから始める。これは、物理学の理論が実験の裏づけを求めていることに関係しているらしい。実験を試みるには、調べようとする対象に見合った機材を用意しなければならない。「近似して推測する能力は物理学者に必須」なのだ。

ここで大事なのは推測は「近似」でよいということだ。世間には、物理学者は数値に厳密な人々という通念があるようだが、それは違う。私が取材を通じて得た印象を言えば、細かな数字にはこだわらない人が多い。物事を桁で考えることに長けた人々である。

「物理学者の思考法の奥義」という1編でも、「奥義」の核心に近似が位置づけられている。学会の会場に向かうバスが満員だったときの話らしい。友人が「何人乗っとんねん」と問い、著者が「有効数字1桁で60人」と答える。物理学者がこんな会話を交わす光景を私は見慣れているから、思わず苦笑した。友人と著者の頭にあるのは「バス一台に人間を詰め込んだ場合、何人入るか。有効数字1桁で答えよ」という設問である。

著者は、バスは3m×10m×2mの直方体、人は70kgの水から成る球と定義して、その直方体にこの球が何個収められるか、を計算する。答えは、ザクっと60個。55~64個の幅を見込んだ数字だから「有効数字」は1桁だ。ここでも人間が球に近似されている。

このくだりで私の頭をよぎったのが、最近ソウルで起こった雑踏圧死の惨事だ。ハローウィン直前の週末、繁華街の路地に想像を絶する人々が押し寄せた。気になるのは、その夜の混雑について当局がどんな試算をしていたのか、ということだ。試算によって得たい数字は、その狭隘な空間に「何人入るか」ではない。「何人入れてもよいか」だ。そうなると、近似の仕方にも工夫が要る。たぶん、人を水70kgの球に見立てるのではだめだろう。

もし人を球や円柱で近似するのなら、球や底面の円の半径をどれほどにするかを吟味しなくてはならない。それは、身体の周りに余裕をもたせるほどに大きくなければならない。感染症対策や防犯の観点からも、一定の半径が必要だ。多角的な視点が求められる。

この稿の前段で、物理学者の思考様式には社会で共有したいものがある、と私は書いた。物理知を孤立させるのはもったいないということだ。物理知は物理以外の知と結びついて私たちに恩恵をもたらす。それを促すのも科学ジャーナリズムの役目だろう。

*当欄2020年5月1日付「物理系作家リアルタイムのコロナ考

(執筆撮影・尾関章)
=2022年11月11日公開、通算652回
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ウクライナの怖くて優しい小説

今週の書物/
『ペンギンの憂鬱』
アンドレイ・クルコフ著、沼野恭子訳、新潮社

ヴァレニキ

キエフがキーウになった。これは正しい。地名は、たとえ国外での呼び名であれ、できる限り地元の人々の意向に沿うべきだからだ。ただ、この表記変更を日本の外務省が決めたとたん、国内メディアがほとんど一斉に「右へならえ」したことには違和感を覚える。

表記を変えるなら、メディアが率先して敢行すればよかった。一社だけでは混乱を招くというなら、日本新聞協会に提起して足並みを揃えることもできただろう。こうしたことは平時に決めるべきものだ。キーウ表記を求める「KyivNotKiev運動」をウクライナ政府が始めたのは2018年だから、時間はたっぷりあった。この運動がウクライナの世論をどれほど強く反映したものかを冷静に見極めてから、自主判断することもできたはずだ。

それはともかく、今回のロシアによるウクライナ侵攻では、これまでと違う戦争報道が見てとれる。日本国内のメディアが、というよりも西側諸国のメディアがこぞって、戦闘状態にある二国の一方に肩入れしているように見えることだ。ベトナム戦争以降の記憶を思い返しても、そんな前例はなかったように思う。それは一にかかって、この侵攻が不当なものだからだ。大国が小国を力でねじ伏せようとする構図しか見えてこない。

ただ、その副作用も出てきている。ウクライナの戦いはロシアの侵攻に対するレジスタンス(抵抗運動)だが、それをイコール民族主義闘争とみてしまうことだ。もちろん、その色彩が強いのは確かだが、両者は完全には同一視できない。ところが、今回の侵攻はあまりに不条理なので、「レジスタンス」という言葉に拒否感がある思想傾向の人までウクライナに味方する。このときに民族主義がもちだされ、称揚されることになる。

日本外務省のウェブサイトによると、ウクライナにはロシア民族が約17%暮らしている。ほかにもウクライナ民族でない人々が数%いる。この国は多民族社会なのだ。だから、レジスタンスにはその多様性を守ろうという思いも含まれているとみるべきだろう。

で、今週は『ペンギンの憂鬱』(アンドレイ・クルコフ著、沼野恭子訳、新潮社、2004年刊)。略歴欄によれば、著者は1961年、ロシアのサンクトペテルブルクに生まれ、3歳でキーウに転居、今もそこに住んでいる。出身地は誕生時、レニングラードと呼ばれていた。移住先はこのあいだまでロシア語読みキエフの名が世界に通用していた。都市名の変転は、著者が激動の時代を生きてきたことの証しだ。この本の原著はソ連崩壊後の1996年に出た。

この小説はロシア語で書かれている。「訳者あとがき」によると、著者は自身を「ロシア語で書くウクライナの作家」と位置づけている。19世紀の作家ゴーゴリが「ウクライナ出身だがロシア語で書くロシアの作家」を「自任」したのと対照的だ。その意味では、クルコフという小説家の存在そのものが現代ウクライナの多様性を体現している。ただ最近は民族主義の高まりで、ウクライナ語の不使用に風当たりが強いらしいが。(*)

中身に入ろう。主人公ヴィクトルは「物書き」だ。キエフ(地名は作中の表記に従う、以下も)に暮らしている。作品の冒頭では、動物園からもらい受けた皇帝ペンギンのミーシャだけが伴侶だ。ある日、新聞社を回って自作の短編小説を売り込むが、冷淡にあしらわれる。が、しばらくして「首都報知」社から執筆依頼の打診が舞い込む。存命著名人の「追悼記事」を事前に用意しておきたいので、匿名で書きためてほしいというのだ。

ここでは私も、新聞社の内情に触れざるを得ない。新聞記者は、締め切り数分前に大ニュースが飛び込んできても、それに対応しなくてはならない。このため、いずれ起こることが予想される出来事については現時点で書ける限りのことを書いておく。これが予定稿だ。その必要があるものには大きな賞の受賞者発表などがあるが、著名人の死去も同様だ。経歴や業績、横顔や逸話などをあらかじめ原稿のかたちにしておき、万一の事態に備える。

予定稿はどんな種類のものであれ、社外に流出させてはならない。事実の伝達を使命とする新聞には絶対許されない非事実の記述だからだ。とりわけ厳秘なのが、訃報の予定稿。世に出たら、当事者にも読者にも顔向けができない。だからこの作品でも、編集長は「極秘の仕事」とことわっている。そんなこともあって、「首都報知」社では追悼記事の予定稿を「十字架」という符牒で呼ぶ。これではバレバレだろう、と苦笑する話ではあるのだが。

ヴィクトルはまず、十字架を書く人物を新聞紙面から拾いだす。第1号は作家出身の国会議員。目的を告げずに取材に押しかけると、議員は喜んで応じてくれて、愛人がいることまでべらべらしゃべった。愛人はオペラ歌手。そのことに言及した原稿を書きあげると、編集長は喜んだ。第2号からは省力化して、新聞社から提供される資料をもとに執筆することになる。こうして作業は進み、たちまち数百人分の十字架ができあがった。

ここで気になるのは、その資料の中身だ。それは「最重要人物(VIP)」の「個人情報」のかたまりで、これまでに犯した罪は何か、愛人は誰かといったことが書き込まれている。資料を保管しているのが、社内の「刑法を扱っている」部門というのも不気味だ。

ある朝、編集長から電話がかかる。「やあ! デビューおめでとう!」。ヴィクトル執筆の十字架が初めて紙面に出たというのだ。たしかに新聞には、あの議員の追悼記事が自分の書いた通りに載っていた。ただ、死因がわからない。出社して編集長に聞くと、深夜、建物6階の窓を拭いていて転落したという。その部屋は自宅ではなかった。編集長は「いいことも悪いことも全部私が引き受ける!」と言った。なにか込み入った事情がありそうだ。

このときのヴィクトルと編集長のやりとりは、十字架は本当に追悼記事なのか、という疑問を私たちに抱かせる。編集長は原稿から「哲学的に考察してる部分」を削るつもりはないと言いながら、それは「故人とはまったく何の関係もない」と決めつける。その一方で、社が渡した資料の「線を引いてある部分」は必ず原稿に反映させるよう強く求める。ヴィクトルが「物書き」の技量を発揮したくだりなど、増量剤に過ぎないと言わんばかりだ。

この小説の恐ろしさは、十字架の記事が個人情報の記録と直結して量産されていくことだ。その限りでヴィクトルは、記者というよりロボットに近い。私たち読者は新聞社の向こう側に目に見えない存在の暗い影を見てしまう。この工程を操っているのは、旧ソ連以来の“当局”なのか、体制転換期にありがちな“闇の勢力”なのか。そんなふうに影の正体を探りたくなる。これこそが、この作品が西側世界で関心を集めた最大の理由だろう。

実際、ヴィクトルの周りには不穏な空気が漂う。ハリコフ駐在の記者からVIPの資料を受けとるために出張すると、その駐在記者が射殺されてしまう。十字架1号の議員の愛人が絞殺される事件も起こる……。こうしていくつもの死が累々と積み重なっていく。

半面、この小説には別の魅力もある。ヴィクトルの周りに、読者を和ませる人々が次々に現れることだ。新聞の十字架記事とは別に、生きている人物の追悼文を注文してくる男ミーシャ(作中では「ペンギンじゃないミーシャ」)、ヴィクトルの出張中、ペンギンのミーシャの餌やりを代行してくれた警官のセルゲイ、元動物園職員で一人暮らしをしている老ペンギン学者ピドパールィ……みんな謎めいているが、不思議なくらい優しい。

ヴィクトルの同居人となるのは、「ペンギンじゃないミーシャ」の娘ソーニャ4歳。父ミーシャが姿を消すとき、書き置き一つで預けていく。そして、ソーニャの世話をしてくれるセルゲイの姪ニーナ。ヴィクトルと彼女は、なりゆきで男女の関係になる。この二人とソーニャとペンギンのミーシャ――その4人、否3人と1頭は、まるでホームドラマの家族のように見える。そこには、十字架の記事をめぐる闇とは対極の明るさがある。

登場人物には善良な人々が多いように見えるが、実はそれが罠なのかもしれない。そう思って読み進むと、やはり好人物だとわかって、再びホッとしたりもする。人々が優しくても社会は怖くなることがある。読者にそう教えてくれるところが、この作品の凄さか。
*朝日新聞2022年3月16日朝刊に著者クルコフ氏の寄稿がある。
(執筆撮影・尾関章)
=2022年4月22日公開、通算623回
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