AIは俳句上手の言葉知らず

今週の書物/
『AI研究者と俳人――人はなぜ俳句を詠むのか』
川村秀憲、大塚凱著、dZERO社、2022年刊

スイカ、甘い?

古ポスター日焼けの美波里日にヤケて(寛太無)
先日の句会はオンライン形式で、お題――俳句では兼題という――が夏の季語「日焼」だった。上記は、このときの拙句だ。うれしいことに7人の方が選んでくださった。

自句自解――自分の句を自分で解説すること――は無闇にすべきではないが、今回は許していただこう。私の脳内では、この句に行き着くまでにいくつかの工程があった。思いつきがある。連想がある。思惑もある。それらを一つずつたどってみよう。

今、日焼けは負のイメージが強い。「UV(紫外線)カット」という言葉があるように悪者扱いされたりする。だが、昔は違った。真夏の街には、小麦色の肌があふれていた。夏も終わりに近づけば、どれだけ背中を焼いたかを競いあう若者たちもいた。

昔の価値観、即ち日焼けの正のイメージということで真っ先に思い浮かんだのは、あの資生堂ポスターだ。女優の前田美波里さんが水着姿で砂浜に寝そべり、上半身をもたげて顔をこちらに向けている。肌は美しい褐色。1966年に公開されたものだった。

そこでとりあえず心に決めたのは、中の句、即ち五七五の七に「日焼けの美波里」を置こうということだった。「日焼け」と「美波里」をつなげるだけで、あのポスターと1960年代の世相を読者は想起するだろう。半世紀余も前のことなので、世間一般には通じないかもしれない。だが、句会メンバーには同世代人が多いので、幾人かがビビッと反応してくれるに違いない。私の脳内には、そんな思惑が駆けめぐったのである。

これで、ポスターの記憶と1960年代の空気は読者(の一部)と分かちあえるだろう。次に画策したのは、日焼けをめぐる今昔の価値観を対照させること。そこで、ポスターの経年変化がひらめいた。古書のヤケに見られる紙の加齢現象はポスターにもある。美波里さんは正の日焼けをしているが、彼女が刷り込まれた紙は負の日ヤケをしている。紙のヤケそのものは劣化現象であっても、ヤケをもたらす時の経過はたまらなく愛おしい――。

そういえば、あのポスターは商店の壁などに長いこと貼られていた。現実にはありえないだろうが、今もはがされず壁に残っていたら……そんな空想をめぐらせて、下の句「日にヤケて」が決まった。以上が、日焼けの拙句を組み立てた脳内工程のあらましだ。

で、今週の1冊は『AI研究者と俳人――人はなぜ俳句を詠むのか』(川村秀憲、大塚凱著、dZERO社、2022年刊)。川村さんは1973年生まれ、人工知能(AI)の研究者で「AI一茶くん」開発チームを率いる北海道大学教授。大塚さんは1995年生まれ、2015年に石田波郷新人賞を受けた新進の俳人で俳句同人誌「ねじまわし」を発行している。本書は、AI一茶くんをよく知る二人が俳句とは何かという難問と向きあい、語りあっている。

ではなぜ、私が本書を手にとったのか? ここに前述の句会がかかわってくる。先達メンバーの脚本家、津川泉(俳号・水天)さんが「日焼けの美波里」を選句してくださったうえで、固有名詞を取り込んだ作句をどうみるかを講評欄の話題にしたのだ。

そこで引用されたのが本書だ。AIの俳句には固有名詞が多いこと、固有名詞の句は人間もつくりやすいことを踏まえて、著者の一人、大塚さんが「安易さと戦うのが書き手の責務と捉えれば、固有名詞の句には慎重であるべき」と戒めているという。

これは、ぜひとも読まねばなるまい。AIはどんな手順で俳句をつくるのか、それは私の脳内の工程とどこが同じで、どこが異なるのか。これらの疑問に対する答えがおぼろげにでも見えてくれば、AIがなぜ固有名詞句を得意とするかがわかるかもしれない――。

ということで本書に踏み入ると、驚くべき解説に出あった。AIは語意を知らずに作句するというのだ。たとえば、「林檎」の句をどう詠むか。AIは「林檎が赤いことも、食べられることも知りません」(川村)。過去の作品群を「教師データ」にして「『林檎』の次にどんなことばが来る可能性が高いのか」(同)を学習する。具体的には助詞「の」や動詞「咲く」などがありうるが、それぞれの頻度を調べて後続の語を決めていくらしい。

夢に見るただの西瓜と違ひなく(AI一茶くん)
本書に出てくる果物のAI俳句だ。「夢に見ている西瓜もまた西瓜である」(大塚)と読めるが、一茶くんはそんな至言を吐きながらスイカの甘さも量感も知らないらしい。当欄で先日学んだソシュール言語学でいえば、「シニフィエ(意味されるもの)が欠落した状態」(大塚)ということになる(当欄2022年7月8日付「ソシュールで構造主義再び」)。

AIには「俳句を詠みたいという動機がない」(川村)というのも目から鱗だ。AIは「人間の俳句を教師データとして使って」「賢いサイコロのようにことばをつないで」(同)、語列を俳句らしく整えているだけ。自句の「解釈」もできない。一語一語に意味が伴っていないのだから、文学的衝動とは無縁と言えよう。川村さんは、AI作句には「詠む」という動詞がなじまないので、「AI『で』」「生成する=つくる」と言うようにしているという。

となれば、AIが選句を苦手とするのは当然だ。川村さんによれば、「AI対人間」の俳句コンテストがあってもAIは出品する句を自分で選べない。AIに今できるのは「日本語として意味の通じない句」をつくったとき、それを作品から除外することくらいという。

ここで、AIがなぜ固有名詞の句を得意とするか、その答えを本書から探しておこう。川村さんの説明はこうだ。固有名詞は「意味するところが狭い」、だから「意味が通りやすい」――。AIは「教師データ」をもとに言葉をもっともらしく並べ、俳句を生成していく。このとき、日本語になっていない語列ははじかれるが、固有名詞があると排除されにくいということなのか。そういうものかと思う半面、反論してみたい気持ちもある。

西行の爪の長さや花野ゆく(AI一茶くん)
シャガールの恋の始まる夏帽子(同)
これらも、本書に例示されたAI俳句だ。冒頭の語がただの「僧」や「画家」ではなく「西行」や「シャガール」だからこそ、読み手の心に放浪や幻想のイメージが膨らむのではないか。固有名詞には「意味」の幅を広げる一面もあるように思えるのだが……。

固有名詞の効果を考えるうえで参考になるのは、著者二人が季語について語りあうくだりだ。季語は「共有知識」ととらえられている。川村さんによれば、ここで「共有知識」というとき、それは「相手が自分と同じことを知っているだけでなく、『相手が知っている』ということを知っている」状態を想定している。俳句の季語では、「本来の語意」のみならず「付随する周辺的な情報や心情」までが「共有知識」になるのだという。

具体例は、秋の季語「鰯雲」だ。大塚さんは、この言葉には「秋の爽やかさ」や「物思いを誘うような風情」といった気配がつきまとい、さらに「鰯の大群の比喩」にもなっているという。「季語の一つ一つに蓄積があり、連想がある」と強調する。

私見を述べれば、固有名詞にも同様のことが言えるのではないか。拙句の「美波里」という人名やそこから連想される1960年代の風景も「共有知識」だった、と言ってよい。

それにしても不思議なのは、AIが固有名詞入りの句を多くつくることだ。「周辺的な情報や心情」どころか「本来の語意」すら理解していないらしいのに、なぜそれを「共有知識」にできるのか。なにも知らず、「教師データ」に素直に従っているだけなのか。

本書には、俳句とAIについて考えさせられる論題がもっとある。俳句を情報工学の目で眺めると、初めて見えてくるものがあるのだ。次回も引きつづきこの本を。
☆引用箇所のルビは原則、省きました。
(執筆撮影・尾関章)
=2022年8月19日公開、同日最終更新、通算640回
■引用はことわりがない限り、冒頭に掲げた書物からのものです。
■本文の時制や人物の年齢、肩書などは公開時点のものとします。
■公開後の更新は最小限にとどめます。

オーウェル、言葉が痩せていく

今週の書物/
『一九八四年』
ジョージ・オーウェル著、高橋和久訳、新訳版、ハヤカワepi文庫、2009年刊

ニュースピーク

言葉の貧困は目を覆うばかりだ。ボキャブラリー(語彙)が痩せ細った、と言い換えてもよい。「緊張感をもって」「スピード感をもって」「説明責任を果たしてほしい」……政治家の発言を聞いていると、同じ語句が機械的に並べられている感じがある。

有名人が不祥事を起こしたときのコメントも同様の症状を呈している。「重く受けとめています」「お騒がせして申し訳ありません」――記者会見があれば、ここで深々と頭を下げる。これは、官庁や企業の幹部が身内の不祥事について謝るときも同様だ。

市井の人々も例外ではない。たとえば、大リーグの大谷翔平選手がリアル二刀流の試合で勝利投手となり、打者としても本塁打2本を連発したとしよう。テレビのニュース番組が街を行き交う人々に感想を聞いたとき、返ってくる答えは「勇気をもらいました」「元気をありがとう」。勇気であれ元気であれ、心のありようは物品のように受け渡しできないはずだが、なぜかそう言う。世間には紋切り型のもの言いが蔓延している。

これらを一つずつ分析してみれば、それぞれに理由はある。政治家の「緊張感」や「スピード感」は、無策を取りつくろうため常套句に逃げているのだろう。有名人や官庁・企業幹部の「重く受けとめています」「お騒がせして申し訳ありません」は危機管理のいわば定石で、瑕疵の範囲を限定して訴訟リスクを下げようという思惑が透けて見える。そして「勇気」や「元気」は万能型の称賛用語で、ときには敗者を称えるときにも用いられる。

ただ、言葉の貧困から見えてくる共通項もある。今、私たちが無思考の社会にいるということだ。思考停止の社会と言ってもよいが、思考を途中でやめたわけではない。思考すべきところを思考せず、それを避けて通ったという感じだ。思考回避の社会とも言えないのは、思考を主体的に避けたのではなく、自覚しないまま無思考状態に陥っているからだ。私たちはいつのまにか、ものを考えないよう習慣づけられてしまったのではないか。

で、今週は言葉と思考について考えながら、引きつづき『一九八四年』(ジョージ・オーウェル著、高橋和久訳、新訳版、ハヤカワepi文庫、2009年刊)をとりあげる。著者は1949年の視座から1984年の未来を見通したとき、そこに監視社会という反理想郷(ディストピア)が現れることを小説にした。先週の当欄に書いたように、そのディストピアでは人々の思考も操られている。そして、このときに言葉が果たす役割は大きそうなのだ。

『一九八四年』が秀逸なのは、そこに新しい言語「ニュースピーク」を登場させていることだ。たとえば、前回の拙稿(*1)にも書いたように、主人公のウィンストンは勤め先の真理省記録局で新聞の叙勲記事を書き換えるよう命じられるのだが、その業務命令もニュースピークで書かれているのだ。訳者は、それを巧妙に日本語化している。「bb勲功報道 倍超非良 言及 非在人間 全面方式書直 ファイル化前 上託」という具合だ。

bbによる叙勲の報道は大変によろしくないものだった、記事に出てくるのは居もしない人物だ、全面的に書き直せ……そう読み解ける。ここでbbは、英、米を含む大国オセアニアの「党」指導者ビッグ・ブラザーのことだろう。用件だけを伝えている感じの文面だ。

この言語がどんなものかは、この作品の末尾に添えられた「附録」を読むとわかる。「ニュースピークの諸原理」と題された一文だ。ニュースピークが「イギリス社会主義」の「要請」に適うように考えだされた「オセアニアの公用語」であること、1984年の時点では標準英語(オールドスピーク)と併用されていたが、2050年ごろまでには完全に置き換わるだろうと予想されていたことなどが、もっともらしく解説されている。

「イギリス社会主義(English Socialism)」は、略称「イングソック(Ingsoc)」。作品本体には、ビッグ・ブラザーの政敵の著書を引用するかたちでその説明がある。それはオセアニアの「党」が掲げる思想で、「党がオセアニアにある全てを所有する」という体制を支えている。支配層の中心は官僚、科学者、技師、労働組合活動家、広告の専門家、教師、報道人……などだという。中間層がいつのまにか一党独裁を生みだした、という感じか。

「附録」に戻って、ニュースピークの一端を紹介しよう。一つ言えるのは、それが英語を簡素にしていることだ。標準英語では、動詞の「考える」がthinkで名詞の「思考」はthoughtだが、ニュースピークでは動詞であれ名詞であれthinkでよい。これと反対に、名詞を動詞として使いこなす例もニュースピークにはある。「切る」はcutではなくknifeなのだ。これらの簡略化は、私のように英語を母語としない者には大変ありがたい。

簡略化は、このほかにもある。ニュースピークでは「悪い」のbadが不要で、「非良」のungoodが代用される。形容詞を強めたければ、語頭に「超」のplusや「倍超」のdoubleplusをくっつければよい。前出の「倍超非良」はdoubleplusungoodだったのだろう。

だが、ニュースピークには怖い側面がある。ひとことで言えば、意味を痩せ細らせることだ。典型例はfreeという言葉。標準英語では「自由な/免れた」の両方を意味するが、ニュースピークでは「免れた」の語意が強まった。「この犬はシラミを免れている」との趣旨で「シラミから自由である」という表現が成り立たないこともないが、「政治的に自由な」「知的に自由な」はありえない。この種の「自由」は言語空間から消滅したのだ。

同様のことはequalについても言える。equalという形容詞は、ニュースピークでも「すべての人間は等しい」という文に用いられるが、このときequalに込められた意味は体格や体力が「等しい」ということで、「平等」の概念はまったく含意していない。

これらの特徴から、イングソックがニュースピークに何を「要請」したかが浮かびあがってくる。それは、「イングソック以外の思考様式を不可能にする」ことだ。本稿のまくらにも書いたように、思考と言葉は密接な関係にある。だから、意味の痩せ細った新言語が広まれば、「異端の思考」をしそうな人が現れても「思考不能」の状態に追い込める――。オセアニアの「党」は、そんな「思惑」があってニュースピークを導入したのである。

もちろん、「思惑」通りには事が進まない。1984年の時点ではオールドスピークが日常言語だったから、ニュースピークで会話や文書を交わしても、オールドスピークにまとわりついた「元々の意味」を忘れられない。ここで威力を発揮するのが、「二重思考」だ。これは前回の拙稿で紹介した通り、とりあえずは「ふたつの相矛盾する信念を心に同時に抱き、その両方を受け入れる」という思考法だ。そのうえで危ない考えを回避していく。

このくだりで、著者は不気味な予言をしている。将来、ニュースピークしか知らない世代に代替わりしたら、その人々は「自由な」に「知的に自由な」の意があり、「等しい」が「政治的に平等な」も意味するとは思いも寄らないだろう、というのだ。「自由な」や「等しい」は即物的になり、その語句に詰め込まれた思想はすっかり剥ぎとられてしまう。言葉が思考から切り離され、ただの意思伝達手段、いわば信号になっていく感じか。

昨今の「緊張感をもって」「重く受けとめて」「勇気をもらいました」という常套句も、私にはニュースピークの一種に思われる。思考の気配がなく、定石の棋譜のようにしか聞こえないからだ。人類の前途にはオールドスピークからの完全離脱が待ち受けているのか。
☆引用部にあるルビは原則、省きました。
*1 当欄2022年6月24日付「オーウェル、嘘は真実となる
*2 本書『一九八四年』については、当欄2022年1月21日付「宗匠のかくも過激な歌自伝」でも言及しています。
(執筆撮影・尾関章)
=2022年7月1日公開、同日更新、通算633回
■引用はことわりがない限り、冒頭に掲げた書物からのものです。
■本文の時制や人物の年齢、肩書などは公開時点のものとします。
■公開後の更新は最小限にとどめます。

オーウェル、嘘は真実となる

今週の書物/
『一九八四年』
ジョージ・オーウェル著、高橋和久訳、新訳版、ハヤカワepi文庫、2009年刊

気送管へ?

2022年、監視社会がここまで進むとは、だれが思っていただろうか?

30年ほど前、英国で少年による幼児の誘拐殺人があった。当時、私はロンドン駐在の科学記者。事件があまりに猟奇的だったこともあり、記事にしなかった。今思うと、それは怠慢だったかもしれない。容疑者特定の決め手が街頭の監視カメラだったからだ。

監視カメラと聞いて、私は一瞬「イヤだな」と思った。街が見張られているなんて……。でも、この装置があったからこそ事件は解決した。犯罪の抑止力があるということだ。実際その後、英国は監視カメラ大国になる。あの事件は一つの転機だったかもしれない。

ただ、英国と監視カメラの取り合わせには違和感がある。英国は、とにもかくにも自由と民主主義の国ではないか。人権感覚の強い人々が大勢いる。その社会が、なぜ監視カメラをあっさり受け入れたのか。理由は、いくつか思い浮かぶ。1970~1990年代、北アイルランド紛争が激化してテロが相次いだことも大きく影響しているだろう。この問題では、英国社会の現実主義が人権感覚をしのいで、治安を優先させたということかもしれない。

思い返すと世紀が変わるころまで、私たちは人権に対して旧来の見方をしていた。それによれば、監視行為は刑務所などいくつかの例外を除いて許されない。ところが、この20年余でそんなことを言っていられなくなった。海外ではテロや乱射事件……。国内でも通り魔事件やあおり運転……。相次ぐ凶事に監視待望論が強まった。監視の目はコンビニの防犯カメラやドラレコの車載カメラなどに多様化され、その〈視界〉を広げている。

しかも、監視の道具は今やカメラだけではない。私たちの行動は、今日的な技術によっても追跡されている。スマートフォンを持って街を歩けば、自分がどのあたりをうろついていたかが記録される。散歩の経路にとどまらない。心の軌跡もまた見透かされている。インターネットの閲覧履歴を手がかりに、自分が何をほしいか、どこへ行きたがっているかまで推察されてしまう。もはや、監視カメラだけに目を奪われている場合ではない。

カメラの背後には警察がある。民間が取り付けたものでも警察が映像を使う。ところがスマホとなると、ネットの向こうに誰がいるかがなかなか見えてこない。旧来の人権観のように国家権力だけを警戒していればよいわけではない。不気味さは、いっそう増している。

2022年の今、監視社会の実相はこうだ――。一つには、監視している主体を見極めきれないこと。もう一つは、監視されている対象が人間の内面にも及ぼうとしていること。この認識を踏まえて、今週は70年ほど前に書かれた長編の未来小説をとりあげる。

『一九八四年』(ジョージ・オーウェル著、高橋和久訳、新訳版、ハヤカワepi文庫、2009年刊)。著者は英国の作家。1903年に生まれ、1950年に死去した。著者紹介欄には「二十世紀の思想、政治に多大なる影響を与えた小説家」とある。代表作には、風刺の効いた寓話小説『動物農場』も。本書は1949年に発表されたが、刊行時点から35年後の未来社会を描いている。1984年をすでに通過した私たちが読むと、その想像力に圧倒される。

主人公はウィンストン・スミス、39歳。ロンドン在住で「真理省」職員。この省は「報道、娯楽、教育及び芸術」を扱う。政府官庁には、ほかに「戦争」担当の「平和省」、「法と秩序の維持」を担う「愛情省」、「経済問題」を受けもつ「潤沢省」がある。一つ、付けくわえると、この国は英国ではなく「オセアニア」だという。英、米、豪などから成る。そのころの世界はオセアニア、ユーラシア、イースタシアの3国が割拠していた。

この作品で、著者の先見性の的確さが見てとれるのは「テレスクリーン」の普及だ。ウィンストンの自宅マンションにも、真理省記録局の職場にもある。たとえば、自室の装置は「壁面の一部を形成している曇った鏡のような長方形の金属板」とされている。驚くのは、この装置が送受信双方向の機能を具えていることだ。一方では、当局の思想宣伝を一身に浴びることになる。もう一方では、当局に自らの言動が筒抜けになってしまう。

受信の例として作品に頻出するのは、「臨時ニュース」のような音声情報だ。これは、執筆時点がラジオ全盛の時代だったからか。だが、スクリーンに映像が映る場面も出てくるから、著者は薄型テレビの開発などエレクトロニクスの進展を予感していた。送信機能についていえば、自分がいつも見られているわけだから監視カメラやスマホの追跡機能も先取りしている。著者は、監視社会の到来もすっかり見抜いていたのだ。

職場の風景が印象深い。ウィンストンがいる部屋や廊下の壁には穴がいくつも並んでいる。「記憶穴」と呼ばれるものだ。職員たちは、手にした書類を「破棄すべき」ものと見てとったとたん、「一番近くにある〈記憶穴〉の上げ蓋を開け、それを放り込むのが反射的な行動になっていた」。書類は穴に投げ込まれると、気送管――筒状に丸めた文書を空気圧で飛ばす装置――を通って、庁舎内のどこかにある「巨大な焼却炉」へ直行するのだ。

1984年のオセアニアでは「過去が消され、その消去自体が忘れられ、嘘が真実となる」。これが、日常になっている。過去が都合悪ければ、記録した文書をなきものにしたり書き換えたりする。私たちが報道で耳にする文書の廃棄や改竄が制度化されているのだ。

この小説では、ウィンストンがどんな作業をしていたかが詳述されている。気送管で届けられた書類には次のような業務命令が書かれていた――。1983年12月3日付の新聞に載った「ビッグ・ブラザー」による「勲功通達」の記事は「極めて不十分」だった。「存在していない人物に言及している」ので「全面的」に書き換えるように! ここで ビッグ・ブラザーはオセアニアの「党」の指導者。実在性さえ不確かな謎めいた人物である。

新聞の記事によると、ビッグ・ブラザーは今回、「FFCC」という組織のウィザーズ同志に「第二等大殊勲章」を授けた。FFCCは、水兵に慰問品を贈る組織。ところが、この組織が解体された。不祥事があったのか、政治的確執によるものか、理由はわからない。いずれにしてもウィザーズは存在してはいけない人となり、叙勲はあってはならない過去になった。ウィンストンがなすべきは、その過去を抹消して別の過去をつくりだすことだった。

ウィンストンが思いついたのは、英雄譚だった。「英雄の最期にふさわしい状況下で最近戦死した人物」の称賛記事はどうか。それででっちあげたのが「オーグルヴィ同志」だ。

オーグルヴィ同志は6歳でスパイ団に入り、11歳で叔父を思考警察に売り、19歳で新種の手投げ弾を考えだした。これは、敵軍の捕虜31人を「処分」するときに使われた。23歳になり、ヘリコプターに乗って重要公文書を運ぶ途中、敵機に追いかけられる。同志は公文書を抱え、眼下の海へ飛び降りた。浮きあがることがないよう、体に重しを括りつけて……。同志は架空でも、「数行の活字と数枚の偽造写真」で「実在することになる」のだ。

ただ私が思うに、この改竄には限界がある。記事を書き換えても、すでに発行された新聞紙面は変えられない。デジタル化以前の時代なら、なおさらだろう。さらに人はいったん知ってしまった記憶を掻き消すことができないではないか。心に消しゴムはないのだ。

このツッコミを切り抜ける仕掛けとして、著者が作品にもち込んだのが「二重思考」である。作中ではビッグ・ブラザーの政敵エマニュエル・ゴールドスタインの著作に、その定義がある。それは「ふたつの相矛盾する信念を心に同時に抱き、その両方を受け入れる能力」だ。オセアニアでは「党」の知識人たちが「自分の記憶をどちらの方向に改変しなければならないかを知っている」という。こうして「事実」は都合よく塗りかえられていく。

思考のありようひとつで過去は思い直せるということか。それによって、過去そのものも変わってしまうのか。では、思考のありようはどのように変えられていくのか。『一九八四年』には、聞いてみたいことが山ほどある。次回もまた、この本の読みどころを。
☆引用部にあるルビは原則、省きました。
*本書『一九八四年』については、当欄2022年1月21日付「宗匠のかくも過激な歌自伝」でも言及しています。
(執筆撮影・尾関章)
=2022年6月24日公開、同月29日最終更新、通算632回
■引用はことわりがない限り、冒頭に掲げた書物からのものです。
■本文の時制や人物の年齢、肩書などは公開時点のものとします。
■公開後の更新は最小限にとどめます。

ウクライナの怖くて優しい小説

今週の書物/
『ペンギンの憂鬱』
アンドレイ・クルコフ著、沼野恭子訳、新潮社

ヴァレニキ

キエフがキーウになった。これは正しい。地名は、たとえ国外での呼び名であれ、できる限り地元の人々の意向に沿うべきだからだ。ただ、この表記変更を日本の外務省が決めたとたん、国内メディアがほとんど一斉に「右へならえ」したことには違和感を覚える。

表記を変えるなら、メディアが率先して敢行すればよかった。一社だけでは混乱を招くというなら、日本新聞協会に提起して足並みを揃えることもできただろう。こうしたことは平時に決めるべきものだ。キーウ表記を求める「KyivNotKiev運動」をウクライナ政府が始めたのは2018年だから、時間はたっぷりあった。この運動がウクライナの世論をどれほど強く反映したものかを冷静に見極めてから、自主判断することもできたはずだ。

それはともかく、今回のロシアによるウクライナ侵攻では、これまでと違う戦争報道が見てとれる。日本国内のメディアが、というよりも西側諸国のメディアがこぞって、戦闘状態にある二国の一方に肩入れしているように見えることだ。ベトナム戦争以降の記憶を思い返しても、そんな前例はなかったように思う。それは一にかかって、この侵攻が不当なものだからだ。大国が小国を力でねじ伏せようとする構図しか見えてこない。

ただ、その副作用も出てきている。ウクライナの戦いはロシアの侵攻に対するレジスタンス(抵抗運動)だが、それをイコール民族主義闘争とみてしまうことだ。もちろん、その色彩が強いのは確かだが、両者は完全には同一視できない。ところが、今回の侵攻はあまりに不条理なので、「レジスタンス」という言葉に拒否感がある思想傾向の人までウクライナに味方する。このときに民族主義がもちだされ、称揚されることになる。

日本外務省のウェブサイトによると、ウクライナにはロシア民族が約17%暮らしている。ほかにもウクライナ民族でない人々が数%いる。この国は多民族社会なのだ。だから、レジスタンスにはその多様性を守ろうという思いも含まれているとみるべきだろう。

で、今週は『ペンギンの憂鬱』(アンドレイ・クルコフ著、沼野恭子訳、新潮社、2004年刊)。略歴欄によれば、著者は1961年、ロシアのサンクトペテルブルクに生まれ、3歳でキーウに転居、今もそこに住んでいる。出身地は誕生時、レニングラードと呼ばれていた。移住先はこのあいだまでロシア語読みキエフの名が世界に通用していた。都市名の変転は、著者が激動の時代を生きてきたことの証しだ。この本の原著はソ連崩壊後の1996年に出た。

この小説はロシア語で書かれている。「訳者あとがき」によると、著者は自身を「ロシア語で書くウクライナの作家」と位置づけている。19世紀の作家ゴーゴリが「ウクライナ出身だがロシア語で書くロシアの作家」を「自任」したのと対照的だ。その意味では、クルコフという小説家の存在そのものが現代ウクライナの多様性を体現している。ただ最近は民族主義の高まりで、ウクライナ語の不使用に風当たりが強いらしいが。(*)

中身に入ろう。主人公ヴィクトルは「物書き」だ。キエフ(地名は作中の表記に従う、以下も)に暮らしている。作品の冒頭では、動物園からもらい受けた皇帝ペンギンのミーシャだけが伴侶だ。ある日、新聞社を回って自作の短編小説を売り込むが、冷淡にあしらわれる。が、しばらくして「首都報知」社から執筆依頼の打診が舞い込む。存命著名人の「追悼記事」を事前に用意しておきたいので、匿名で書きためてほしいというのだ。

ここでは私も、新聞社の内情に触れざるを得ない。新聞記者は、締め切り数分前に大ニュースが飛び込んできても、それに対応しなくてはならない。このため、いずれ起こることが予想される出来事については現時点で書ける限りのことを書いておく。これが予定稿だ。その必要があるものには大きな賞の受賞者発表などがあるが、著名人の死去も同様だ。経歴や業績、横顔や逸話などをあらかじめ原稿のかたちにしておき、万一の事態に備える。

予定稿はどんな種類のものであれ、社外に流出させてはならない。事実の伝達を使命とする新聞には絶対許されない非事実の記述だからだ。とりわけ厳秘なのが、訃報の予定稿。世に出たら、当事者にも読者にも顔向けができない。だからこの作品でも、編集長は「極秘の仕事」とことわっている。そんなこともあって、「首都報知」社では追悼記事の予定稿を「十字架」という符牒で呼ぶ。これではバレバレだろう、と苦笑する話ではあるのだが。

ヴィクトルはまず、十字架を書く人物を新聞紙面から拾いだす。第1号は作家出身の国会議員。目的を告げずに取材に押しかけると、議員は喜んで応じてくれて、愛人がいることまでべらべらしゃべった。愛人はオペラ歌手。そのことに言及した原稿を書きあげると、編集長は喜んだ。第2号からは省力化して、新聞社から提供される資料をもとに執筆することになる。こうして作業は進み、たちまち数百人分の十字架ができあがった。

ここで気になるのは、その資料の中身だ。それは「最重要人物(VIP)」の「個人情報」のかたまりで、これまでに犯した罪は何か、愛人は誰かといったことが書き込まれている。資料を保管しているのが、社内の「刑法を扱っている」部門というのも不気味だ。

ある朝、編集長から電話がかかる。「やあ! デビューおめでとう!」。ヴィクトル執筆の十字架が初めて紙面に出たというのだ。たしかに新聞には、あの議員の追悼記事が自分の書いた通りに載っていた。ただ、死因がわからない。出社して編集長に聞くと、深夜、建物6階の窓を拭いていて転落したという。その部屋は自宅ではなかった。編集長は「いいことも悪いことも全部私が引き受ける!」と言った。なにか込み入った事情がありそうだ。

このときのヴィクトルと編集長のやりとりは、十字架は本当に追悼記事なのか、という疑問を私たちに抱かせる。編集長は原稿から「哲学的に考察してる部分」を削るつもりはないと言いながら、それは「故人とはまったく何の関係もない」と決めつける。その一方で、社が渡した資料の「線を引いてある部分」は必ず原稿に反映させるよう強く求める。ヴィクトルが「物書き」の技量を発揮したくだりなど、増量剤に過ぎないと言わんばかりだ。

この小説の恐ろしさは、十字架の記事が個人情報の記録と直結して量産されていくことだ。その限りでヴィクトルは、記者というよりロボットに近い。私たち読者は新聞社の向こう側に目に見えない存在の暗い影を見てしまう。この工程を操っているのは、旧ソ連以来の“当局”なのか、体制転換期にありがちな“闇の勢力”なのか。そんなふうに影の正体を探りたくなる。これこそが、この作品が西側世界で関心を集めた最大の理由だろう。

実際、ヴィクトルの周りには不穏な空気が漂う。ハリコフ駐在の記者からVIPの資料を受けとるために出張すると、その駐在記者が射殺されてしまう。十字架1号の議員の愛人が絞殺される事件も起こる……。こうしていくつもの死が累々と積み重なっていく。

半面、この小説には別の魅力もある。ヴィクトルの周りに、読者を和ませる人々が次々に現れることだ。新聞の十字架記事とは別に、生きている人物の追悼文を注文してくる男ミーシャ(作中では「ペンギンじゃないミーシャ」)、ヴィクトルの出張中、ペンギンのミーシャの餌やりを代行してくれた警官のセルゲイ、元動物園職員で一人暮らしをしている老ペンギン学者ピドパールィ……みんな謎めいているが、不思議なくらい優しい。

ヴィクトルの同居人となるのは、「ペンギンじゃないミーシャ」の娘ソーニャ4歳。父ミーシャが姿を消すとき、書き置き一つで預けていく。そして、ソーニャの世話をしてくれるセルゲイの姪ニーナ。ヴィクトルと彼女は、なりゆきで男女の関係になる。この二人とソーニャとペンギンのミーシャ――その4人、否3人と1頭は、まるでホームドラマの家族のように見える。そこには、十字架の記事をめぐる闇とは対極の明るさがある。

登場人物には善良な人々が多いように見えるが、実はそれが罠なのかもしれない。そう思って読み進むと、やはり好人物だとわかって、再びホッとしたりもする。人々が優しくても社会は怖くなることがある。読者にそう教えてくれるところが、この作品の凄さか。
*朝日新聞2022年3月16日朝刊に著者クルコフ氏の寄稿がある。
(執筆撮影・尾関章)
=2022年4月22日公開、通算623回
■引用はことわりがない限り、冒頭に掲げた書物からのものです。
■本文の時制や人物の年齢、肩書などは公開時点のものとします。
■公開後の更新は最小限にとどめます。

“もっている”記者という悲劇

今週の書物/
「災厄」
R
・シアーズ著、福島正実訳
『不思議な国のラプソディ――海外SF傑作選』(福島正実編、講談社文庫)所収

記者の産物

クジというもので、特等賞に当たったことが私にはない。ツキがないのだ、とつくづく思う。ただ、自分の新聞記者生活を振り返ると、あながちそうとばかりは言えない。1987年2月、銀河系直近の大マゼラン雲に超新星が現れたのが、ツキに恵まれた例だ。

超新星は、恒星が一生の最期に大爆発する姿。このときは爆発で飛び散った素粒子ニュートリノを、東京大学教授小柴昌俊さんのグループが捕まえた。岐阜・富山県境の神岡鉱山に置いた水タンク「カミオカンデ」が検出したのだ。ではなぜ、私にツキがあったのか。実は1月に新聞社の科学部で持ち場替えがあり、私は天文担当になったばかりだった。もし持ち場替えがなければ、この科学的大事件を取材する機会を逃していただろう。

超新星ニュートリノをめぐっては、小柴さん自身の幸運がよく語られる。「カミオカンデ」をニュートリノの観測に合わせて改造した後、東大を定年退職するまで約3カ月間。この短い期間に、さほど遠くない超新星からニュートリノが届くというめったにない出来事が起こったのだ。それに比べれば、科学記者のツキなど取るに足らない。だが、個人的には大きな意味があった。物理学者の幸運に同期して、私にも大仕事が舞い込んだのである。

私自身がツキを得て大仕事に出あったのは、この一件くらいだ。ただ業界を見渡すと、この人は大仕事を引き寄せているのではないか、と言いたくなる記者もいる。俗な言い方をすれば“もっている”。何を「持つ」のかが不明の「持つ」である。スポーツのニュースで、偶然まで味方につけてしまうような選手によく使われる。ただこれは、記者に対しては誉め言葉になりにくい。少なくとも、当人が堂々と自慢できる話ではない。

というのも、新聞記者の大仕事は不幸な事件や事故であることが多いからだ。ところが、駆けだしの記者が警察回りを始めてすぐ大事件に遭遇すると、先輩たちから「事件を引っ張ってきたな」「もっているヤツだ」と冷やかされたりする。刑事事件には被害者がいるので、この軽口は不謹慎のそしりを免れない。だが、記者は事件の取材競争が始まると気持ちが高ぶっていく。それで仲間うちでは、こんな歪んだ心理が生まれてしまうのだ。

で、今週は、そんな記者心理を見透かしたような米国のSF短編を読む。「災厄」(R・シアーズ著、福島正実訳)。当欄が先週とりあげた作品と同様、『不思議な国のラプソディ――海外SF傑作選』(福島正実編、講談社文庫)に収められた一編である(*)。

冒頭に描かれるのは1950年代半ば、独立戦争のさなかにあるアルジェリアの街だ。主人公の「ぼく」は米国人の新聞記者。なぜ、自分はこの戦地に特派されたのか。理由の一つは、どういうわけか「流血の惨事」に「縁」があって「いくつかの大きな事故や戦乱のスクープ」で名を馳せていたことにある。業界では「厄病神(カラミティ)」とも呼ばれている。たぶん、本社も彼を“もっている”記者とみて白羽の矢を立てたのだろう。

「ぼく」自身は、戦場取材を希望していたわけではなかった。このときもカフェの一角に陣取って、一群の売笑婦が通りを行き過ぎるのを眺めていた。と、突然、若い女性が近づいてきて同じテーブルに相席する。「アメリカ人じゃありません?」と声をかけてくる。「故郷のひとだと思ったら、たまらなくお話がしたくなっただけなの」。ニューヨーク出身の踊り子で、名前はカーラ。この街でもキャバレーでショウに出ているという。

カーラは謎めいていた。いきなり「ぼく」の職業を新聞記者と言い当てる。「あなたはおぼえていないでしょうけど、わたしはあなたをおぼえているのよ」。そう言って、7歳のときに火事があって……と昔話を始めると、「ぼく」にもその記憶がよみがえってくる。10年あまり前のこと、テキサス・シティでアパートの火事があり、そのとき「ぼく」が助けだした女の子がカーラだった。これで二人は意気投合、ついには一夜をともにする。

カーラはハニートラップではないか、と思われる導入部だ。話がスパイ小説めいたものに発展するのかなという気もしてくるが、それからの展開はこの予想を裏切る。

翌日早朝、二人は地中海沿岸へドライブに出る。あたりにはローマ時代の遺跡があったので、廃墟のそばでサンドイッチをぱくついた。朝の陽射しが注ぐなかでのピクニック。「すばらしい恋」だ。ただこのとき、「ぼく」の内心には「奇妙な不安定感」が湧きあがっていた。「胸さわぎ」のようなものだ。「悪いこと」の予感といってもよい。そして、それは現実になる。大理石の柱がぐらつき、倒壊した。大地震が起こったのである。

二人は、どうにか逃げ抜けた。「ぼく」はその日、地震の原稿を本社に送りつづける。仕事をしていても、避難時にカーラが「もういや! もう、またこんなことになるなんて!」と絶叫していたことが気になる。送稿を終えて「きみは、今までに、何度もこういう災害を見てるんじゃないの?」と尋ねると、彼女はそれを認めた。テキサス・シティの火災、列車事故2回、1年前のリオ・デ・ジャネイロ大火……。それらすべてに居合わせたという。

ここで交わされる「ぼく」とカーラの問答が、この小説の主題だ。「きみは、災害が起こるまえに、何か、感ずるんじゃないか?」「そうなの。わたし、何か恐ろしいことが起こるとき、かならず、何か感ずるの」。不安に駆られて、一人だけでいられなくなるという。「ぼく」は、前夜の情事にもそんな事情があったのかと思い、「奇妙な安堵と失望」の入り交じった気分になるが、カーラは「でも、それだけじゃないわ」と抱きついてくる――。

主題についてあれこれ書くのは、このくらいでやめる。その代わり、作品の後段で出てくる災厄のことで、私がとんでもないことに気づいてしまったことを書き添えておこう。

その災厄とは「一九五五年のマン島レース」で起こった大事故だ。「あの惨事については、皆さんのほうがよく知っているだろう」と作者がことわっているから、実際にあった事象を指しているらしい。レースに出場したクルマが「超満員の観客席の中へ、頭から突っこんで」「マン島レース始まって以来の悲惨な大事故を惹き起こした」とある。死者82人、重軽傷者100人余という数字まで示されているので、これは史実だろうと思った。

このとき頭に浮かんだのが、自動車レースの聖地ル・マンだ。いつのことかはわからないが、ここで大事故があったという話を聞いた気がする。ネットで検索すると、ウィキペディアに「1955年のル・マン24時間レース」という項目があり、接触による炎上事故でドライバーと観客「83名」が亡くなったと記されている(2022年4月15日確認)。この事故を作品に取り込んだのだな、と早合点しそうになった。が、どうもおかしい???

違和感の理由はすぐにわかった。作中で描かれているのは「マン島レース」であって、「ル・マン24時間レース」ではない。マン島は英国の自治保護領で、イングランド西岸のアイリッシュ海にある。一方、ル・マンは字面でわかるようにフランスの小都市で、ロワール地方にある。ここで話がややこしいのは、マン島も有名な「レース」開催地であることだ。オートバイの「マン島TTレース」が、毎年の恒例行事になっている。

これは、作者がわざとすりかえたのか、それとも単なる勘違いか。作者の創意を雑念なしにくみとるのが正攻法だが、作者はレース系の話題が苦手で混同したのだろう、とニヤッとするのも読書の楽しみ方としてはありだろう。もう一つ、翻訳の段階で取り違えられた可能性はどうか。原文で確かめるべきだが、今すぐ手に入らない。推測で言えば、原語で「マン島」は“Isle of Man”、「ル・マン」は“Le Mans”なので、間違えたとは考えにくい。

私の関心は本題から離れ、作中の「マン島レース」事故が実話かどうかという一点で立ち往生してしまった。事実の認定にこだわるのは元新聞記者だからだろう。たまたま読んだSFでこんな難所に出あうとは。私は別の意味で、“もっている”のかもしれない。
*当欄2022年4月8日付「忘れたらどうするかがわかる小説
(執筆撮影・尾関章)
=2022年4月15日公開、通算622回
■引用はことわりがない限り、冒頭に掲げた書物からのものです。
■本文の時制や人物の年齢、肩書などは公開時点のものとします。
■公開後の更新は最小限にとどめます。