ゴールディングの烽火は何か

今週の書物/
『蠅の王』
ウィリアム・ゴールディング著、平井正穂訳、新潮文庫、1975年文庫化

レンズ

孤島の少年たちの物語を今週も。長編小説『蠅の王』(ウィリアム・ゴールディング著、平井正穂訳、新潮文庫、1975年文庫化)。英国少年の一群が飛行機の遭難で取り残された場所は、太平洋の無人島だった。そこに一つの社会が生まれて……という話だ。

先週は、ほら貝の話をした。その殻は、主人公ラーフが礁湖の底から拾いあげたものだ。ラーフは相棒のピギーにそそのかされて、それに息を吹き込む。深い響きに誘われて、島のあちこちに散っていた少年たちが集まってくる。「集会」が召集されたのだ。社会の原風景と言ってよいだろう。彼らは指導者を決めることから始めるが、ほら貝によってみんなを呼び寄せたラーフが選ばれる。ほら貝は何か? 民主主義の象徴らしいと書いた。

今週は、烽火の話をしよう。ラーフは、さすが指導者らしく、少年たちの未来を構想していた。島の山頂に火をおこして烽火をあげるのだ。沖合を通る船がそれを見つければ、遭難信号のSOSと受けとめて救助に来てくれるだろう。自分たちが置かれた状況を冷静に考え抜いた末の現実的な方針だ。私は先週、話のまくらで英国人には〈火事場の馬鹿力〉があると書いたが、ここには緊急時の〈馬鹿力〉ならぬ理性力が見てとれる。

ただ、烽火をあげるのも簡単ではない。最大の問題は着火だ。マッチはない。少年たちが目をつけたのがピギーの眼鏡だ。それで集光して火をつける。ここで気になるのは、近視用の凹レンズでは光が集まらないことだ。ピギーは遠視かなにかで凸レンズを使っていたのか。だが、そのことに言及はない。著者はオックスフォード大学で理系学生だったこともあるというのに……そんなところにこだわらないのは、この小説の寓話性ゆえだろう。

ともかくも火はついた。次にラーフは、「烽火の番」を決めることを提案する。火を絶やしたら、そのときに船が通り過ぎて救助の機会を逸するおそれがあるからだ。この任務を引き受けようと手を挙げたのが、合唱隊のリーダー格で今は狩猟隊を率いるジャックだ。自分の仲間を班分けして、今週は「アルト組」、来週は「ソプラノ組」(少年たちの合唱隊だから声域が「アルト」「ソプラノ」なのだ)というように輪番で火を見守る、と申し出る。

この時点で、ラーフの指導体制は安定していた。彼が「ほら貝のある所」を集会場とみなすという規則を提案すると、ジャックをはじめ少年たちもそれに賛成した。こうして法治のしくみが整っていく。「ほら貝」は、ここでも民主主義を示す一つの記号だった。

だが、ほら貝民主主義にもほころびが見えてくる。ある日、ラーフが水平線に煙を見つけたときのことだ。それは、船舶が通過中であることのしるしだ。ところがこのとき、山上に烽火が見えないではないか。山に登ると、やはり火も煙もなかった。見張り役もいない。千載一遇の好機を逃したのだ。ラーフは沖へ目をやり、遠ざかる船に向かって「引っ返すんだ!」と叫んだ。はらわたが煮えくり返る思いで「畜生!」と悪言も吐いた。

やがて、狩猟隊の面々が下から登ってくる。「豚ヲ殺セ。喉ヲ切レ。血ヲ絞レ」と歌っている。棒を担いで豚1頭を吊りさげている隊員たちの姿も見える。ジャックは山頂に登り切ると、ラーフに向かって「どうだい! 豚をしとめたんだぞ」と自慢する。ラーフから「きみたち、火を消してたじゃないか」となじられても、狩りの成功に酔いしれている。「血がどくどく流れちゃってさ」「あの血をきみに見せたかったよ!」と動じない。

「船が沖を通ったのだぞ」。ラーフは彼方の水平線を指差して言う。そのひとことは、ジャックをもひるませた。このとき山頂にはピギーも来ていて、ジャック批判に加勢する。「きみはなんだといえば、すぐ血のことばかりいうじゃないか」「ぼくたちは、イギリスに帰れたかもしれないんだぞ――」。救いの手につかまりそこなった現実は、狩猟隊の少年たちにも動揺を与える。ジャックは、最後には謝罪の言葉を口にすることになる。

この山上の一幕は、ほら貝民主主義の社会が二派に分裂したことを見せつける。一方は、「烽火」という唯一の通信手段に希望を託して一刻も早く母国の土を踏もうと考えるラーフ・ピギー派。他方は、「狩猟」という当座の悦楽に浸ろうとするジャック派。前者は、いわば理性派。自分たちは近代社会の一員であるという強い自覚が感じられる。後者は野性派か。「すぐ血のことばかりいう」性向は原始生活への回帰を思わせる。

そのあたりの寓意を、著者は巧妙に私たちに伝えてくれる。理性を象徴するものは、ピギーの眼鏡。山上のにらみ合いで、ジャックはピギーをひっぱたき、眼鏡が吹っ飛んで片方のレンズが割れてしまう。それによって、烽火の着火は「わずかに残った一枚のレンズ」が頼みの綱ということになった。一方、野性の象徴は、狩猟隊のいでたちだ。狩りを終えてから山上に現れた彼らは「ほとんどみな素っ裸」で、ジャックは顔一面に粘土を塗っていた。

この寓意から私たちが連想することは多い。たとえば「烽火」は、地球温暖化を抑えようという機運にたとえてもよいだろう。これに対しては、化石燃料の恩恵を手放したくないという人々がいて、その一群を「狩猟」の快楽に走る一派になぞらえることもできる。

「狩猟」の一派が戦果を見せびらかせて悦に入る様子は、世界から戦争がなくならない状況を暗示しているのかもしれない。「烽火」がレンズ1枚に頼ることになる筋書きは、賢明な問題解決策でさえ危うさがつきものであることを示唆しているようにも思える。

ゴールディンの島は、どこかの列島であっても決しておかしくない。私たちの社会にも理性と野性が併存する。私たちの心にもラーフやピギーやジャックが棲みついている。
*引用中のルビは原則として外しました。
(執筆撮影・尾関章)
=2021年4月2日公開、通算568回
■引用はことわりがない限り、冒頭に掲げた書物からのものです。
■時制や人物の年齢、肩書などは公開時点のものとします。
■公開後の更新は最小限にとどめます。

ゴールディングのほら貝は何か

今週の書物/
『蠅の王』
ウィリアム・ゴールディング著、平井正穂訳、新潮文庫、1975年文庫化

太平洋

〈火事場の馬鹿力〉という言葉がある。火の手があがったとき、火元近くに住む人が、ふだんなら到底もちあげられない家財道具一式を家から運びだす――そんなイメージか。人間には、火急のときにだけ湧きあがる潜在力があることを言い表している。

だれが、いつごろから言いだしたのか。日本家屋はたいていが木造なので、どの町でも大火が繰り返されてきた。だからたぶん、日本起源なのだろう(確信はないので、間違っていたらご教示を)。ただあるときから、これは外来のことわざであってもおかしくないと思うようになった。30年近く前のことだが、英国で暮らしていたとき、英国人こそ火事場で日本人の幾倍ものパワーを発揮してみせる人たちだ、と実感したのである。

たとえば、こんなことがあった。日本政界の要人が英国にやって来たときの話だ。お忍びの気配があり、訪英の理由がはっきりしない。私がいた新聞社では、駐ロンドンのヨーロッパ総局員が総がかりで要人の動静をうかがうことになった。これには科学記者の私も駆りだされ、終日、ある建物の前に張りついたことを覚えている。このときに〈馬鹿力〉を見せつけたのが、日ごろは私たちの仕事を陰で支えてくれている現地スタッフの青年だった。

英国の名門大学出身で、ジャーナリスト志望。朗らかな性格だが、知識人としての矜持もある。私たちの仕事ぶりを冷静に見つめていて、夕暮れどきのパブ談議などでは辛辣な批評を口にすることもあった。だから、相手が要人とはいえパパラッチまがいの追跡取材には皮肉の一つも言うのではないか、と私は思った。ところが総力戦当日の朝、彼は自前のオートバイにまたがって現れ、終日、ロンドン市街を東へ西へと走り回ったのだ。

英国人は、ここぞというときに頑張る――。最近も私たちは、そのことを目の当たりにした。新型コロナウイルス感染症に対するワクチン開発だ。去年、オックスフォード大学と製薬大手アストラゼネカのグループが秋の実用化をめざしている、という報道が流れたとき、半信半疑の人は多かっただろう。実際、そこまでは速くなかった。とはいえ、今年初めには接種に漕ぎつけたのだ。ここにも〈火事場の馬鹿力〉があったと言ってよい。

で、今週は、そんな英国の精神風土を感じさせてくれる長編小説『蠅の王』(ウィリアム・ゴールディング著、平井正穂訳、新潮文庫、1975年文庫化)。著者(1911~1993)は英国の作家。1954年にこの作品で文学界に躍り出て、1983年にはノーベル文学賞を受けている。略歴欄によると、オックスフォード大学を出て演劇の道に入ったが、その後、海軍の軍人となり、ノルマンディー上陸作戦にも加わった。戦後は教師生活も経験したという。

私は、この文豪と奇縁がある。1993年6月、彼がイングランド南西部の自宅で死体となって見つかったというニュースを東京へ送稿しているのだ。この時点で心臓発作が原因らしいとわかっていたから、事件性はなかった。拙稿は死去の第1報を伝える短信だったので、それに東京の文芸記者が注解を添えてくれた。この作品にも言及していて「寓意(ぐうい)性に富む独特の作風で注目を集めた」とある(朝日新聞1993年6月21日朝刊)。

では、『蠅の…』は寓話なのか。これは、即答が難しい。辞書類によれば、寓話ではふつう、動物たちが人間のように振る舞ったり、ものを考えたりする。擬人化の一点で、すでにリアリズムを離脱している。ところが、この小説の主人公は正真正銘の人間だ。筋書きも、ほんとにあった出来事だと言われたら半信半疑になる程度には現実感がある。だが一方で、私たちの世界に対する遠回しの批判、すなわち風刺として読めるのだ。

冒頭の一文はこうだ。「金髪をしたその少年は、身をかがめるようにして、岩壁の一番下の数フィートの所を下りてゆき、それから礁湖の方角へとぼとぼ歩きかけていた」(ルビや注は省く、以下も)。「金髪」なのだから、少年は欧米系なのだろう。「礁湖」とあるから、彼がいるのは珊瑚礁に囲まれた南の島か?――読み進んでいくと、どうやら英国の少年たちが集団で太平洋の無人島に取り残されたのだとわかってくる。

少年たちの会話から、何が起こったかを推察してみよう。「これは島なんだ」「海の中にあるあれ、きっと珊瑚礁だぜ」→どうやら、海から上陸したのではないらしい。「ぼくたちを降下させてから、あの操縦士はどっかへ飛んでいったんだよ」→そうか、空からやってきたのか。「ぼくたちの飛行機が落ちかかったとき」機体の一部から「火が吹いていたよ」→搭乗機が遭難したのは間違いなさそうだ。だが、周りに胴体の残骸はない。

英国の少年が大挙して太平洋の空路を飛ぶ。戦時の避難行動ではあるらしいのだが、詳しい説明はない。しかも、その飛行機は火だるまになり、孤島で搭乗者を脱出させて姿を消す――そんなことが現実にあるだろうか。寓意の匂いは、ここらあたりからも漂う。いや、著者が意図して漂わせたのかもしれない。ありそうにないが、ありえなくもない状況をあえてつくり出して、そこに人間を置いたのだ。それも、自我が露わになりやすい少年たちを。

寓意を成り立たせるためか、この小説は設定が簡素化されている。一つには、生存の最低条件がそろっていることだ。渇きには小川の淡水がある。飢えに対して南国の果実もある。だから、少年たちの間に生きるか死ぬかの生存競争はない。もう一つ、女子が一人もいないことも見落とせない。思春期の前であっても、男女が入り交じれば淡い恋心の一つや二つは芽生えるだろう。だが、そんな話が差し挟まる余地は完全に排除されている。

この作品から私たちが感知できるのは、社会はどのように生まれ、どのように壊れていくのかということだ。少年たちは俗世間に揉まれていないから、白紙の状態から社会を築きはじめる。それは、原始人が群れることに似ている。だが、群れにいざこざはつきものだ。団結は綻び、ときに分裂する。そのありさまが、限界状況に直面する少年たちの姿を通して遠慮会釈なく描かれるのだ。それは、読み手に一つの思考実験を提供してくれる。

小説なので、筋立てに深入りはしない。少年のうち、3人だけを紹介しておこう。主人公はラーフ、12歳。「ボクサーにでもなれそう」な体格だが、顔つきには「ある種の柔和さ」がある。父が海軍軍人ということもあって、泳ぎはうまい。相棒は「ピギー」(豚ちゃん)と呼ばれる聡明な少年。肥満気味で眼鏡をかけていて、喘息の持病がある。敵役はジャック。遭難機に団体で乗っていた少年合唱隊のヘッド・ボーイ(首席隊員)である。

少年たちが初めて集うくだりが印象的だ。ラーフが礁湖の底から巻き貝を拾いあげる。濃いクリーム色に淡い紅色が入り交じった色合い、螺旋のねじれがある。「これを吹いてみんな集めたら?」。ピギーにそそのかされて、ラーフは殻に息を吹き込む。最初はまともな音が出なかったが、やがて「深い、つんざくような響き」が一帯に広がる。その音に誘われて、あちこちから少年たちが集まってくる。こうして「集会」が召集されたのである。

その集会では、ジャックが「どうやったら救助されるか」を話しあおう、と呼びかける。ラーフは、そのまえに指導者となる隊長を決めよう、と提案する。すると、ジャックは合唱隊首席の自分が隊長になる、と名乗り出る。早くも主導権争いの兆候が見てとれる。

隊長は結局、選挙で決めることになる。ジャックは「指導者らしい指導者」になりそうだった。ピギーにも「聡明さ」という強みがあった。だが、「一般の大勢は、漠としてただ隊長を選びたいという希望から、ラーフという特定の個人を拍手喝采とともに選ぼうとする方向へ変っていった」。こうして合唱隊員以外の全員が挙手して、ラーフが選ばれる。群れはカリスマを求めるということだろう。ではなぜ、ラーフがカリスマになりえたのか?

ラーフは、少年たちにとって「ほら貝を吹いた存在」であり、ほら貝を抱えて「みんなのくるのを待っていた存在」だ。そのことで、ほかのだれと比べても「別格」だった。ここで著者は、ほら貝に特別な意味を与えている。ほら貝が暗示するものは、古代ならば祭祀の神器だろう。近代に入ってからは、社会主義などのイデオロギーがその役目を果たしたこともある。今ならば、ネット受けするポピュリスト的な振る舞いかもしれない。

著者がこの物語でほら貝に映し込もうとしたものは、神器ともイデオロギーともポピュリズムとも違うようだ。ラーフは少年たちに対して、集会の議事運営で一つのことを求める。発言権はほら貝をもっている子にある、という決まりだ。「ぼくの次に話をする子に、このほら貝をわたす」「話している間、その子はそれをもってりゃいい」――だれにも意見表明の権利がある。ほら貝は議会制民主主義の象徴であり、ラーフはその体現者なのか。

こうして島では、ほら貝民主主義と呼べる理性的な社会が始まったかに見える。だが、その前途には深淵が口を開けていた。今回は紙幅が尽きたので、次回もう一度、この本を。
(執筆撮影・尾関章)
=2021年3月26日公開、同月28日最終更新、通算567回
■引用はことわりがない限り、冒頭に掲げた書物からのものです。
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新実存をもういっぺん吟味する

今週の書物/
『新実存主義』
マルクス・ガブリエル著、廣瀬覚訳、岩波新書、2020年刊

自転車

今週は、いつもと異なる趣向で。先日、当欄でジャン-ポール・サルトルの『実存主義とは何か――実存主義はヒューマニズムである』(伊吹武彦訳、人文書院「サルトル全集第十三巻」、1955年刊)をとりあげたとき、その2回目「サルトル的実存の科学観」(2021年2月5日付)に虫さんからコメントをいただいた。「総論賛成、各論反対」「『新実存主義』は私も読みましたが、あの主張が実存主義の進化形とは思えませんでした」というのである。

『新実存主義』は、私が去年春、当欄前身の「本読み by chance」最終回で読んだ本だ(2020年3月27日付「なぜ今、実存主義アゲインなのか」)。ドイツ気鋭の哲学者マルクス・ガブリエルが学究仲間との対話形式で論陣を張った書物である。前述の拙稿「…実存の科学観」では、この1年前の読書体験を呼び起こして実存主義の変遷に言及したのだが、その変わり方を過大に評価したということか。気になって改めて『新実存…』を開いてみた。

まずは、その再読で大失態に気づいた。拙稿「…実存の科学観」で「あの本では、情報科学の神経回路網(ニューラルネットワーク)や人工知能(AI)などが中心的な論題となっていた」と書いたのだが、これは記憶違いによる誤り。ガブリエルはこの本で科学の話題を積極的にとりあげているが、情報科学やAIには踏み込んでいない。ただ、脳の神経回路については論じていた。ということで拙稿を本日付で更新、記述を改める。お詫びします。

で今回、当欄で考えてみようと思うのは、科学の視点でみたときにサルトルの旧実存主義(サルトルには失礼だが、当欄では仮に「旧」と呼ぶ)とガブリエルの新実存主義のどこが違うか、ということだ。その一つは、物質世界をどうとらえるか、である。

新旧の実存主義は、どちらも唯物論にノーを突きつける。だが、その言説には違いがある。「旧」は素朴で牧歌的だ。サルトルによれば、実存主義は「人間を物体視しない」。それのみならず、「人間界を、物質界とは区別された諸価値の全体として構成しよう」との思惑もある。その根底には、絶対的な真理としてルネ・デカルトの命題「われ考う、故にわれあり」が据えられていた。(当欄2021年1月29日付「実存の年頃にサルトルを再訪する」)

これに対して、「新」の唯物論批判は具体論に立ち入って組み立てられる。軸となるのは、心と脳の関係をどうとらえるか、という問いだ。そこには、唯物論者に歩み寄ったようにも見える記述が出てくる。たとえば、「非物質的な魂などありはしない」「私が死後も生き続けることはありえない」……。ちなみにここで「非物質的な魂」とは、物質やエネルギーの関与なしに自然界の因果関係に影響を与える「作用因」だという。

ガブリエルは、心脳関係をサイクリングと自転車のかかわり方にたとえる。「自転車は、サイクリングのために必要な物質的条件である」。言い換えれば、物質世界に自転車がなければサイクリングはできない。それと同様に、脳は心の必要条件であり、物質世界に脳がなければ心は成り立たないというのである。ここでは、サルトルの「人間界を、物質界とは区別された諸価値の全体として構成しよう」という野心が失われているように思われる。

ただ、ガブリエルは決して唯物論に転向したわけではない。このたとえ話で念を押されるのは、「自転車はサイクリングの原因ではない」「自転車はサイクリングと同一ではない」ということだ。新実存主義では、「人間の心的活動に必要な条件の一部」が「自然の過程」すなわち物質世界の出来事と言えるに過ぎない。必要条件は、ほかにいくつもある。それらが「組み合わさって十分条件が整う」――こうして心が成立するというのだ。

1年前の「本読み by chance」で書いたように、ガブリエルは脳の「神経回路」を「洗練した心的語彙に対応する自然種と同一視すること」(「自然種」は「自然界の事物」といった意味)を批判しているが、これも同様の視点から言い得ることなのだろう。

どうしても知りたくなるのが、ガブリエルが心の必要条件として脳以外に何を想定しているのか、ということだ。今回の再読で私は答えを探したが、わかりやすい説明は見つからなかった。ただ、物質世界に対応物を見いだせないものの一つが「何千年ものあいだ志向的スタンスで記述されてきた現象」という指摘はヒントになる。人間は過去に歴史を背負う存在、未来になにごとかをめざす存在である――そんなことを示唆しているように思う。

新実存主義は、実在を「ひとつのもの」とも「心的なものと物質的なもののふたつ」ともみない。それを「たがいに還元不可能な多様なものの集まり」ととらえる。ここに、実存主義「旧」版から「新」版への移行がある。これは、進化と呼べないかもしれないが――。

ここであえて一つ、ツッコミを入れれば、現代の科学技術がAIによって「志向的スタンス」まで再現できるようになれば、心模様に対応する物質世界もありうるという話になってしまう。実存が人間の占有物でなくなる日がやがては来るのだろうか。

ガブリエルはこの本で、自身の科学に対する「姿勢」も宣言している。「無窮の宇宙についてわれわれが科学的知識を積み重ねてきた」という史実も「この宇宙にかんしてはいまだ無知同然」という現実も、どちらも認めるという。そんな立場に、今日の哲学者はいる。
(執筆撮影・尾関章)
=2021年2月19日公開、同月20日更新、通算562回
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サルトル的実存の科学観

今週の書物/
『実存主義とは何か――実存主義はヒューマニズムである』
ジャン-ポール・サルトル著、伊吹武彦訳、人文書院「サルトル全集第十三巻」、1955年刊

実存の更新

サルトルにせっかく再会したのだ。どうせなら、もうちょっとつきまとうことにしよう。ということで、先週の書物を今週もう一度(当欄2021年1月29日付「実存の年頃にサルトルを再訪する」)。巻末には講演後の「討論」がある。今回は、そこに的を絞る。

この本では、ただ問答が書きとどめられているだけだ。聴衆がどれほどいて、どんな人物がどんな表情で発言しているのかは想像するしかない。だが、それがどれほど熱を帯びていたかは、ちょっと読んだだけでもわかる。発言者は講演者を無用にもちあげない。「難しいので、もう少しかみ砕いていただいて」というように媒介役を演じているわけでもない。質問をぶつけるというよりも、真正面から論争を挑んでいるふうなのだ。

この空気感は講演当時、すなわち第2次大戦の直後、フランスの論壇でどんな思潮が優勢だったかをものの見事に表している。多くの知識人は左翼思想に傾倒していた。とりわけマルクス主義はロシア革命から30年足らず、まだ弱点を露呈していなかった。だから世論に浸透して、政界をも動かしている。そんなタイミングで、左派とみられる俊才がマルクス主義ではない看板を引っ提げて現れたのだ。素直に受け入れられるわけがない。

たとえば、この「討論」ではカール・マルクスの『共産党宣言』をめぐる興味深いやりとりがある。サルトルは、かつて哲学は哲学者の間で議論されるものだったが、今は「公衆の広場におろされている」と前置きして、『…宣言』はマルクスにとって「思想の通俗化」を意味する、と言う。これに、質問者は黙ってはいない。「通俗化」との表現に噛みついて「あれは闘争の武器だ」と反駁する。マルクス主義者のイデオロギー神聖視が見てとれる。

サルトルは、マルクスを相対化しているのだ。「自分をアンガジェすることが革命をおこすことであった時代には『宣言』を書くべきだった」と、『共産党宣言』を評価はする。だが、現代のように諸党派が百家争鳴の状態にあるときは「様々な革命派に働きかけようとする」ことこそが求められるという。「アンガジェ」(参加する)については前回も当欄で書いた。その選択肢は一つではない、という柔軟な思考がみてとれる。

こうした舌戦に興味は尽きないのだが、今回は、このやりとりに出てくる科学論争に焦点を当てたい。科学観にも、マルクス主義者と実存主義者サルトルの違いが見てとれる。それを科学の同時代史に重ねあわせて吟味すると、また格別の意味を帯びてくる。

マルクス主義者とみられる質問者は「われわれにとっては一つの世界、ただ一つの世界がある」と断言する。単純明快な世界観だ。これに対して、サルトルは「物の世界」は「蓋然の世界」であり、それが「唯一」なら「蓋然性の世界しかなくなってしまう」と反論する。「蓋然性」は「確実性」を土台にしており、その確実さは「主体」に由来するという。前者の立場では「人」も「物」も客観的な存在だが、後者の場合、「人」には主観がある。

すなわち、サルトルは「物を物として捉える」には「主体が必要」として、物理世界に向きあうにもデカルトの命題「われ考う、故にわれあり」に立ち返ろうとする。マルクス主義の理論ですら「主体性の地盤」の上に組み立てられる、とも論ずるのである。

因果律についても見解は対立する。マルクス主義の見方では、人間はこの世界に張りめぐらされた「因果の糸」によって「拘束」されている。ところが、実存主義は個々人の「われ考う」に立脚するので、分断された「非連続的な世界」しか見ないことになる、というのだ。対するサルトルは、マルクス主義が「唯一の全体を研究すること」にこだわり、「その全体のなかに一つの因果律を求めよう」としていることを強く批判する。

議論からは、当時のマルクス主義とサルトル流の実存主義が同時代の自然科学にどこまで追いついていたかが仄見えてくる。前者から感じとれるのは、20世紀半ば、マルクス主義者の多くは――もちろん、その一角を占める自然科学者、とりわけ物理専攻の人々は別だろうが――まだニュートン力学の呪縛に囚われていたらしいということだ。その世界像は絶対空間や絶対時間のなかにあり、あらゆる「物」が決定論に縛られていた。

後者は微妙だ。この討論でサルトルは、科学を「現実的な因果関係を研究するもの」とは見ていない、と表明する。それは「抽象的な諸因子の様々な変化を研究するもの」というのだ。ただ、ニュートン流の素朴な決定論を否定するような文言には出会わない。

この講演があった1945年は、物理学の新しい枠組みとして量子力学が登場して20年が過ぎたころである。この力学では、物理世界をつかさどる波動関数の波が観測の瞬間に収縮して、状態の重ね合わせが消え、一つの事実が選り出されるということが起こる。「抽象的な諸因子」という語句からは、波動関数の波の位相や振幅が連想されなくもない。観測によって事実が定まるという構図も、「主体」に重きを置く思想と相性が良いようにみえる。

ただ、これをもってサルトルが量子力学に通じていたと推察するのは、早とちりであり、買いかぶりでもあるだろう。実際、サルトルは質問者が「統計型式の因果律」という言葉をもちだしたとき、「それは何の意味もない」と一蹴している。量子力学は、教科書風の解釈では確率論の言葉で語られるから、そのことが頭の片隅にあれば「統計型式」をそう簡単には切って捨てられないはずなのである。欧州でも、文理の壁は厚かったのかもしれない。

ここで私は、当欄の前身で1年ほど前に読んだ『新実存主義』(マルクス・ガブリエル、廣瀬覚訳、岩波新書)をもう一度、思い返してみる(「本読み by chance」2020年3月27日付「なぜ今、実存主義アゲインなのか」)。あの本では、科学の話題が臆することなくとりあげられ、心と脳の問題をめぐって脳の神経回路についても語られていた。実存主義と新実存主義の違いは自然科学をどこまで強く意識したかにある――私には、そう思われる。

科学は哲学を更新する。その好例が実存主義の進化のなかにある、とは言えないか。
*引用では、仮名づかいを現代風に改めた。
(執筆撮影・尾関章)
=2021年2月5日公開、同月19日最終更新、通算560回
■引用はことわりがない限り、冒頭に掲げた書物からのものです。
■時制や人物の年齢、肩書などは公開時点のものとします。
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実存の年頃にサルトルを再訪する

今週の書物/
『実存主義とは何か――実存主義はヒューマニズムである』
ジャン-ポール・サルトル著、伊吹武彦訳、人文書院「サルトル全集第十三巻」、1955年刊

人は石にあらず

年頭恒例の夏目漱石ものの表題は今年、「漱石の実存、30分の空白」(2021年1月8日付)だった。実存とは青臭い。それでもすんなりこんな言葉がひらめいたのも、実存が身についてきたからだ。人間、70年近くも生きていると、いつのまにか実存的になっている。

つまりは、こういうことだ。50年前、喫茶店で友人を相手に「実存」「実存」とまくし立てていたころは、現実の存在が本質に先立つなどと言っても絵空事に過ぎなかった。学生はこうあるべきだ、男子はこうあるべきだ……といろいろ「べきだ」はあったが、その強制力はたかが知れていた。あのころは、言われなくとも存在が先に立っていたのだ。だから、「実存」を振りまわしても、それは空回りするばかりだったように思う。

ところが、大人になると様相が一変する。職業とは自分が受けもつ任務を指すので、若者は就職によって――たとえ、その仕事が本人の希望に適っていたとしても――世間から一つの役目を押しつけられるかたちになる。ここで強引に、役目≒本質とみなせば、本質>存在の力関係が生まれる。存在と本質の立場が逆転するのだ。私自身も25歳で新聞記者になって以来、記者はこうあるべきだ、という「べきだ」に縛られてきた。

その間、実存はどうしていたのか? 私自身について言えば、あの青臭い言葉は意識の外に追い払われていた。忙しくて、それどころではなくなったのだ。だが今振り返って、自分の半生は実存的でなかったのかと自問すれば、そうとは言い切れないぞ、と思えてくる。

私は新聞社にいた36年間、日々押し寄せる「べきだ」の大波に抗してきた。心の片隅に、記者らしい記者ではいたくないとの思いがあったのだ。これは、本質に先立つ存在に立ち帰ろうという志向に通じている。その抵抗が実りあるものだったとは言えないが……。

そして70歳を目前にした今、私は――たぶん、同世代の人々の多くもまた――現役を離れたことで、実存の抵抗を内に秘める必要がなくなった。ようやく堂々、自覚的に実存的となる年頃になったのである。しかも昨今のコロナ禍は、私たちを否応なく実存的にさせる。

で、今週は『実存主義とは何か――実存主義はヒューマニズムである』(ジャン-ポール・サルトル著、伊吹武彦訳、人文書院「サルトル全集第十三巻」、1955年刊)。一昨年のことだが、近くの町にあった古書店で見つけた。この本は第2次大戦直後の1945年、パリのクラブであった講演をもとにしているので、口述の柔らかさがある。著者(1905~1980)は、言うまでもなく20世紀実存主義の中心にいたフランスの哲学者である。

まずは、実存主義を素描したくだりを見てみよう。そこには、私が若いころに聞きかじった「実存が本質に先立つところの存在」という言葉がちゃんと出てくる。著者のように「無神論的実存主義」の視点に立てば、人間はこうした存在にほかならない。

ここで注目すべきは、「実存が本質に先立つところの存在」を「何らかの概念によって定義されうる以前に実存している存在」と言い換えてもいることだ。著者によれば、人間は「最初は何者でもない」が、のちに「みずからが造ったところのものになる」。あなたも私も、もともとは未定義であり、本性を具えていないということだ。なぜなら「その本性を考える神が存在しないから」である――ここまでを、著者は「実存主義の第一原理」と呼ぶ。

このあとに出てくるのが「投企」だ。これもまた、実存主義用語として懐かしい。英訳すれば“project”。「人間は苔や腐蝕物や花キャベツではなく、まず第一に、主体的にみずからを生きる投企なのである」。あなたも私も「未来にむかってみずからを投げる」ことによって「みずからが造ったところのものになる」。だから、本来は「何者でもない」のに「石ころや机よりも尊厳」と言えるのだろう。人間を動詞でイメージしている点が新鮮だ。

ここで著者は、投企と意志とを分けて考えている。投企は意志の根っこにある、というのだ。たとえば、ある党派に入ろうとすること、ある本を書こうとすること、ある人と結婚しようとすること――こうした意志は「一そう根原的な、一そう自発的な或る選択の現れにほかならない」。人間には、まずどんな自分をつくるかという根本の選択、すなわち投企があり、その結果として意志が個別の決定をする、ということらしい。

著者は、この本で「われわれの出発点は個人の主体性」と主張している。「投企」の主語は、一人ひとりの個人ということだ。だから、17世紀の哲学者ルネ・デカルトが提起したコギトの命題を引いて「出発点において、『われ考う、故にわれあり』という真理以外の真理はあり得ない」と言い切っている。なにごとを議論するにしても、おおもとに絶対的な真理を必要としている。それは「自分自身を捉える意識」にほかならない、というわけだ。

この文脈で、著者は実存主義が唯物論と相容れないことを明言している。唯物主義は「あらゆる人間を物体として扱う」。これに対して、実存主義は「人間を物体視しない」。むしろ、「人間界を、物質界とは区別された諸価値の全体として構成しよう」としている――こう表明するのだ。著者は、自身の立場とマルクス主義の間に一線を引いていた。それなのに言論界では一貫して左派陣営に身を置いて、マルクス主義にも近づいた。それはなぜか。

本稿では、この疑問点を探ろうと思う。そのまえに押さえておきたいのは、著者は「われ考う」を重んじるものの、唯我論には迷い込んでいないことだ。そこには「われわれは『われ考う』によって、他者の面前でわれわれ自身をとらえる」との記述がある。自己を意識するとき、自己は他者に関係づけられているということか。「他者は、私が自分に関して持つ認識に不可欠」であり、「私の存在にとっても不可欠」というのが著者の論理だ。

これは、現象学の間主観性を示唆しているようにも思えるが、その用語は見当たらない。代わりに出てくるのが「相互主体性」だ。「私の内奥」に「他者」を発見することで「相互主体性」が見えてくるという。こうして、実存主義に社会派の視線が芽生える。

実際、著者はこの本の随所で、実存主義の社会性を強調している。たとえば、さきほどの「投企」を論じたくだり。実存主義は「みずからの実存について全責任を彼に負わしめる」と述べた後、次のような趣旨のことを言い添えるのだ。「彼」の責任は「彼個人」に対するものにとどまらない、それは「全人類」に及ぶのである、と。ちょっと飛躍が過ぎるのではないか、と問い返したくなる。だが、これにも答えが用意されている。

私たちは「あれかこれか」を選ぶとき、選んだほうの「価値」を「肯定」している、と著者はみる。「われわれが選ぶものは常に善であり、何物も、われわれにとって善でありながら万人にとって善でない、ということはあり得ない」。実存は普遍の善を好むということか。著者の論理では、こうして「私」が万人につながり、「私の行動は人類全体をアンガジェしたことになる」。サルトル哲学ならではの用語、アンガージュマンの登場である。

アンガジェは“engager”。縛る、かかわらせる……といった意味の動詞だ。その名詞形が“engagement”。フランス語読みでは、アンガージュマンとなる。1960~70年代、それは〈参加〉と訳され、政治性を帯びた意味合いで用いられたものだ。この本を読むと、著者がなぜ、この言葉を多用したかが痛いほどわかる。マルクス主義を強く意識しながら、それとは違う方法で社会とかかわり、政治に〈参加〉しようとしたからにほかならない。

巻頭では「コミュニストたちからの非難」を例示して、それに反論している。巻末所収の講演後の討論では、マルクス主義の視点から浴びせられる質問に反駁している。そこから見てとれるのは、実存主義を行動の伴わない「静観哲学」とみなす批判に対する強い反発だ。

著者は、左派論客として政治へのアンガージュマンを行使するときも、その行動の根源に投企があると言っておきたかったのだ。戦後、マルクス主義者と共闘したときも、その思いを内心に秘めていたのだろう。実存を「物体視しない」。私も、それに同意する。
*引用では、本文を現代風の仮名づかいに改めた。
(執筆撮影・尾関章)
=2021年1月29日公開、通算559回
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