森の暗がりで哲学に触れる

今週の書物/
『樹木たちの知られざる生活――森林管理官が聴いた森の声』
ペーター・ヴォールレーベン著、長谷川圭訳、ハヤカワ文庫NF、2018年刊

新緑

「森」という言葉で思いだすのは、東京西郊の某学園構内にあった小樹林だ。正門を入ってグラウンドに下りる斜面に高木が生い茂っていた。私が幼かったころは万事鷹揚な時代で、学園は近所の住人が構内を散歩するのを黙認していた。その学園町に住んでいた母方の祖母も、孫をそこに連れていったものだ。「さあ、モリへ行きましょう」――。あの樹林は今もあるだろうか。昔のようには立ち入れないだろうから、すぐには確かめられない。

この思い出話からもわかるように、日本で都会の住人が思い描く森林像はつましい。ちっぽけな緑陰を見ても森と思ってしまう。東京の住宅街に限っていえば、それは斜面の自然であることが多い。当欄が昨春とりあげた大岡昇平『武蔵野夫人』でいえば、多摩川の河岸段丘がつくりだした国分寺崖線の緑ということになる(*1、*2)。では私たちは、森というものの本質を取り違えているのだろうか。必ずしも、そうとは言えない。

たとえば、あの学園の「森」は十分に暗かった。部活の選手たちがグラウンドで発する声を聞きながら、下り坂にさしかかると、いつのまにか陽射しが翳り、辺りはひんやりして湿った空気に包まれた。このこと一つをとっても、森らしい森といえる。森イコール木々の葉叢(はむら)に覆われた空間ととらえれば、あの「森」も間違いなく森だった。ただ、都会の森は小さい。一瞬のうちに通り抜けられるので、多くのことを見逃してしまう。

話は、幼時から青春期に飛ぶ。そのころになると私も頭でっかちになり、森林のことを理屈っぽく考えた。ちょうど、生態学(エコロジー)という学問領域が生態系(エコシステム)という用語とともに脚光を浴び、それが環境保護思想(エコロジー)に結びついた時期と重なる。その生態系を体現するものが森だった。森は樹木だけのものではない。鳥がいる、虫がいる、獣もいる、草がある、キノコも――それが「系」だと頭で理解した。

たとえば、拙宅玄関わきの落葉広葉樹。植木職人に聞くとムクノキだという。私たち家族が引っ越してきてから実生で育った。春先に新芽が出て葉が繁りだすころ、数種類の鳥たちがやってきて、ときに愛らしく、ときに騒々しく、鳴き声をあげる。これも生態系だ。

だが、それは思いあがりかもしれない。庭木の生態系は所詮、人工の産物だ。森の生態系を再現してはいない。森は、ただ多種の生物が共存するという意味での生態系ではない。その暗がりは、人間の尺度を超えた自然の営みを秘めているらしい――。

で、今週の1冊は『樹木たちの知られざる生活――森林管理官が聴いた森の声』(ペーター・ヴォールレーベン著、長谷川圭訳、ハヤカワ文庫NF、2018年刊)。著者は、ドイツで森林管理に携わる人だ。1964年、ボン生まれ。大学で林学を学び、営林署勤めを20年余続けた後、独立した。ドイツには「フリーランス」の森林管理家がいるということか。原著は2015年刊。邦訳は、単行本が2017年に早川書房から出て、翌年に文庫化された。

本書は、エッセイ風の短文37編から成る。著者が日々、森を見回っていて気づいたことを思いのままに綴り、その合間に生物学の文献などを引いて、最新の研究結果を織り込んでいる。多種多彩な樹木やキノコ、鳥、虫が次から次に登場するので、読むほうは途中でついていくのがしんどくなる。ということで当欄は、森の生態系について系統立てて論ずることはあきらめた。印象に強く残った話をいくつか拾いあげてみることにする。

「友情」と題する一編では、森の木々の間にある友愛が語られている――。著者は、ブナの群生林で「苔に覆われた岩」らしいものを見かけた。近づいてみると「岩」は見間違いで、それは古木の切り株だった。驚いたことに、樹皮をナイフで剥いでみると「緑色の層」が顔を出した。植物にとって生の証しともいえる「葉緑素」である。その木は400~500年ほど前に伐採されたと推察されるが、それでもまだ生きつづけていたのだ。

「私が見つけた切り株は孤立していなかった」と著者は書く。その解説によれば、切り株が「死なずにすんだ」のは、周囲の木々が根を通じて「糖液を譲っていた」からにほかならない。容易には信じがたいが、樹木の間では「根と根が直接つながったり」「根の先が菌糸に包まれ、その菌糸が栄養の交換を手伝ったり」ということが起こる。ご近所で「栄養の交換」をしているのだ。昭和期の町内で隣家同士が醤油の貸し借りをしていたように。

興味深いのは、樹木が栄養を譲る先は同種の仲間に限らない、とあることだ。競合する樹種に分け与えることもあるのだという。なぜか。理由は「木が一本しかなければ森はできない」ということに尽きる。樹木が風雨や寒暖から身を守るにも、十分な水分とほどよい湿度を手に入れるにも、1本ではダメで森が必要だ。ただ、相手を「どの程度までサポートするか」はまちまちで「愛情の強さ」が関係している、と著者は考える。

「木の言葉」という一編には、根のネットワークが栄養だけでなく、情報のやりとりにも使われることが書かれている。1本の木が害虫に襲われたとしよう。木は虫の撃退物質をつくって自衛する一方、周りの仲間に向けて警報を発する。その通信経路の一つが根っこ。警報は化学物質や電気信号のかたちをとって伝わる、と本書にはある。このときも一役買うのが菌糸で、根っこ同士が接していなければそれらを仲立ちするという。

菌糸とは菌類から伸びた糸だ。菌類はキノコなどのことである。本書によれば、森の土くれスプーン1杯には菌糸が長さ数km分も畳み込まれているらしい。菌糸のネットワークには、“www”になぞらえて「ウッドワイドウェブ」の愛称もあるという。

著者によれば、木の根には脳の役割があるという説も有力らしい。根の先にある電気信号の伝達組織で、樹木に「行動の変化」を促す信号を検知した研究もあるという。「行動の変化」の一例は、成長組織に伸びる方向を変えさせることだ。根が、地中で岩石や水分、あるいは有害物質を感じとったとしよう。これをもとに樹木を取り巻く「状況を判断」、成長組織に「指示」を出して「危険な場所に進まないように」仕向けるわけだ。

興味深いのは、植物学者の多くが木の根の「判断」や「指示」を「知性」とはみなさないことに著者が異論を唱えている点だ。違いは、樹木では情報の感知が「行動」に結びつくまでに「時間がかかる」こと。「生き物として価値が低いということにはならない」と書く。

木がものを考えるということでは、こんな話もある――。著者は、ナラの木々が一カ所に並んでいても秋に葉が色づくタイミングがまちまちなことに気づく。落葉樹は日照時間が縮まり、温度が下がると、光合成をやめて冬眠態勢に入ろうとするが、一方で、翌春に備えて「できるだけたくさんの糖質をつくっておこう」という指向もある。「判断」は「木によって違っている」と、著者はみる。二つの思惑の間で悩むことが木にもあるのか。

著者は本書で、森の樹木を人間に見立てて描いている。樹木に対して「愛」とか「知性」とかいう言葉を使うことには、科学の見地から眉をしかめる向きもあるだろう。ただ、森には人間社会とは次元の異なる「愛」や「知性」があるのだと思えば、納得できる。

圧倒されるのは、木の時間の長さだ。著者が管理する森ではブナの若木が樹齢80歳超だが、約200歳の母親から「根を通じて」糖分を受けている。まだ、赤ちゃんなのだ。様相が変わるのは、いずれの日か母親の命が尽きるときだろう。母親が倒れれば若木の一部も倒れるが、残りは「親がいなくなってできた隙間」の恩恵を受ける。「好きなだけ光合成をするチャンス」をようやく手にするのだ。こうして若木同士の競争が起こり、勝者が跡目を継ぐ。

木の空間も長い。それは、森は動くという話からわかる。欧州の中部や北部には300万年前、すでにブナ林があったが、一部の種類は氷河期にアルプスを越え、南欧で生き延びた。間氷期の今は北上を続け、北欧の南端にまでたどり着いたという。ブナの種子は、鳥や風の力では遠くに移動しにくい。それでも生息地を、最適の場所へ少しずつずらしていくのだ。移動速度は年速400mほど。地球の生態系が動的であることに感嘆する。

森にはやはり、時間的にも空間的にも人間の尺度を超えた何かがある。私が幼い日に感じた暗がりの正体は、ものの見方を広げてくれる哲学の影だったのかもしれない。
・引用部にあるルビは原則、省きました。
*1 当欄2021年4月23日付「武蔵野夫人、崖線という危うさ
*2 当欄2021年4月30日付「武蔵野夫人というハケの心理学
(執筆撮影・尾関章)
=2022年6月3日公開、通算629回
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■本文の時制や人物の年齢、肩書などは公開時点のものとします。
■公開後の更新は最小限にとどめます。

ウィーンでミューズは恋をした

「ココシュカ 風の花嫁」
外岡秀俊執筆
『世界 名画の旅4 ヨーロッパ中・南部編』(朝日新聞日曜版「世界 名画の旅」取材班、朝日文庫)所収

ウィンナコーヒー〈濃いめ〉

ウィーンは、ただの芸術の都ではない。芸術革新の都でもあった。19世紀末から20世紀初めにかけて、繁栄と貧困が混在する帝都に絵画や建築の新潮流が起こる。分離派である。官能の画家グスタフ・クリムトも、その旗を振った。そんなことを先週は書いた。(*)

分離派の運動は、芸術分野で旧時代と切り離された新時代の作品群を生みだそうというものだった。それで気づくのは、同様の動きが別分野にもあったことだ。分離派よりもやや遅れて1920~1930年代、学術分野に旋風を巻きおこしたのが「ウィーン学団」だ。

ウィーン学団は、ウィーン大学を拠点に文系理系の研究者が専門の違いを超えて議論をたたかわせた学者集団である。形而上学を排して哲学の科学化をめざし、論理実証主義を重んじた。物理学者であり、哲学者でもあるエルンスト・マッハの影響を強く受けている。

ここまでのことでわかるのは、ウィーンはオーストリア・ハンガリー二重帝国の末期、芸術と学術の坩堝であったことだ。その片鱗をうかがわせる記述は、先週とりあげた記事「クリムト 接吻」(外岡秀俊執筆、朝日新聞日曜版連載「世界 名画の旅」1985年8月4日付)にもあった。当時の帝都には、性を禁忌とする表の顔と性に耽溺する裏の顔があったが、その「二重基準」と向きあった科学者に精神医学のシグムント・フロイトがいたという。

そんなウィーンの空気が横溢するのが、同じ連載の別の回「ココシュカ 風の花嫁」(外岡秀俊執筆、朝日新聞日曜版連載「世界 名画の旅」1987年2月8日付)という記事だ。これも、『世界 名画の旅4――ヨーロッパ中・南部編』(朝日新聞日曜版「世界 名画の旅」取材班著、朝日文庫、1989年刊)で読むことができる。オスカー・ココシュカ(1886~1980)はオーストリア出身の画家、「風の花嫁」は彼が1914年に仕上げた油彩画である。

「風の花嫁」に描かれた女性のモデルは、アルマ(1879~1964)だ。記事に姓はない。彼女の人生を語るときに姓が馴染まないからだろう。父親は貴族の家系に連なる画家だったが早逝、その後、母は父の弟子と結ばれる。自身も長じてから、結婚を3回経験している。だから、彼女の生涯を一つの姓で括ることには無理があった。いや、それだけではない。アルマ自身が家に縛られることのない自由な生き方を追求していたのである。

アルマの恋人や夫たちを並べてみると、その顔ぶれに驚く。初恋の相手は、当欄が先週とりあげた絵描きのクリムトだった。ただ、この恋は、アルマの母親が割って入って打ち切られる。母は娘の日記を盗み見て「早すぎる」と判断したのだ。最初の結婚相手は、すでに名声を博していたオーストリアの作曲家・指揮者のグスタフ・マーラーだ。二人の結婚生活は8年間続き、子どもにも恵まれたが、マーラーの病没によって終止符が打たれた。

二人目の夫は、ドイツで活躍していた建築家ヴァルター・グロピウス(記事の表記では「グローピウス」)だ。モダニズム建築の巨匠である。三人目はオーストリアの詩人で、劇作家、小説家でもあるフランツ・ウェルフェルだ。アルマの恋人や夫たちが打ち込んだものは、絵画、音楽、建築、そして文学。芸術のほぼ全領域を覆う。別々の分野でそれぞれ大仕事をしていた芸術家たちが同じ一人の女性に魅せられたという事実には圧倒される。

ウィーンの芸術家人脈は科学者人脈にもつながっていた。たとえば、マーラーはフロイトに接触している。夫婦仲がギクシャクしていることに悩み、精神医学にすがったのだ。もともとの原因は、マーラーが結婚当初、音楽の才能に秀でたアルマの作曲活動を認めようとしなかったことにあるのだが、彼は精神分析を依頼した。夫は妻に母親像を追い求め、妻は夫に父親像を見ようとしている、というのがフロイトの見立てだった。

で、今回の本題。アルマを取り囲む華麗な人脈でとりわけ輝いて見えるのが、「風の花嫁」の作者ココシュカだ。見かけのうえでは、アルマの最初の結婚と二番目の結婚の間で中継ぎの恋愛相手を務めたに過ぎない。だがその関係は、短くとも強烈なものだった。

ココシュカは1912年春、アルマ邸に呼ばれる。肖像画の発注を受けたのだ。マーラーは前年に亡くなっている。アルマは喪服姿だった。横顔のスケッチが始まる。「深く澄んだ目。通った鼻筋。ふくよかな成熟を示すほお」。アルマはピアノを奏でる。ココシュカは、その姿を描きとめようとした。瞬間、咳き込み、ハンカチを口に当てる。血がにじんでいた。この出来事に「ココシュカはいきなりアルマを抱きすくめ、逃げ去った」という。

こうして二人の恋が始まる。アルマ32歳、ココシュカ26歳。ココシュカは斯界では「強烈な表現」や「挑戦的な言辞」で知られた存在だった。アルマに対しても、いきなり「生涯の伴侶(はんりょ)になって下さい」と書いた手紙を送る。本人は求婚のつもりだったようだが、アルマはこれを求愛とだけ解釈して受け入れた。こうして二人は2013年、スイスとイタリアに旅行する。このときに着想されたのが「風の花嫁」だった。

その絵は、深い青を基調にしている。荒波の海だ。風が吹いている。一組の男女が小舟に揺られ、横たわっているように見える。女性が男性の肩に頬を寄せているから、恋人同士なのだろう。女性は「うっとり」目を閉じている。これに対して、男性の「虚空にすえたまなざし」は「不安とも悲愁ともつかない色」をたたえている。ココシュカは、恋愛の絶頂期でも不吉な予感を拭えなかったのだろう。そして現実も、その通りの展開となる――。

1914年、アルマはココシュカの子を身ごもる。ココシュカは子をほしがったが、アルマは産まなかった。この年、第1次世界大戦が勃発する。ココシュカは結婚の望みを絶たれ、志願して軍隊に入った。このとき「風の花嫁」を売り払い、その代金で馬を買いつけて出征したという。絶望感が深かったのだろう。一方、アルマは翌年にはグロピウスの妻となっている(この結婚年は、ウィキペディア英語版=2022年4月24日最終更新=による)。

筆者外岡は、この失恋の理由をココシュカ資料保管所長のウィンケラー氏から聞いている。氏の見解によれば、ココシュカもアルマに「母親像」を見ようとしたが、アルマが欲したのは「自由」と「旅」だった。「風の花嫁」はもともと「情熱的な赤の色調」だったが、それを「憂いを含む青ざめた色調」に塗りかえていったという。ここまでなら、年下のマザコン男が年上の恋多き女にふられる話だ。だが、この顛末はそれにとどまらない。

外岡はウィーンのカフェで、アルマの孫にも会っている。マーラーとの間にできた子どもの子で、名は祖母と同じアルマだ。夜泣きしても「祖母の姿を見ただけでぴたりと泣きやんだ」という幼時体験を披露しつつ、祖母を「さまざまな芸術家に霊感を与えたミューズ」と位置づけた。ウィンケラー氏も同じ言葉を用いて、アルマがココシュカの求婚を拒んだ深層心理を読み解く。「彼女は、ミューズの地位を失うことを恐れたのかもしれない」

ミューズとは、ギリシャ神話に出てくる9人姉妹の女神たちのことだ。詩神と呼ばれたりもするが、もともとはあらゆる知的営みをつかさどる存在を指したという。だから、祖母アルマに「ミューズ」を見いだした孫アルマの目は的を外していない。

この記事を読むと、当時のウィーンでは芸術や学問の濃度が比類ないほど高かったことを実感する。高濃度だから、ミューズを結節点とするネットワークが生まれたのだ。
*当欄2022年4月29日付「ウィーン、光と翳りとアドルフと
(執筆撮影・尾関章)
=2022年5月6日公開、通算625回
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箱男の気持ち、今ならよくわかる

今週の書物/
『箱男』
安部公房著、新潮文庫

箱の内側

コロナの春がまためぐってきた。咲き誇る桜並木の下を、乱れ散る花びらの中を、行き交う人々と距離をとりながらマスク姿で歩くのも3年連続となった。おととし「今年ばかりは仕方ない」と思って受け入れた急場の作法だったが、それがもはや習慣になっている。

長閑なり距離を取りあう箱男(寛太無)

こんな行動様式がすっかり身についてしまったからか。街をぶらついていて頭に浮かんだのが「箱男」という言葉だ。顔面は口も鼻も頬もすべて覆っている。人が近づいてくれば、無意識にその人から遠のいている。これなら、だれかとすれ違っても気づかれないだろう。挨拶しなくても済みそうだ――そんな自分の姿は、頭からダンボール箱をかぶった人間と同じではないか。それで、前掲の拙句を先日の句会に出したのである。

「箱男」は小説の題名だ。前衛の作風で知られる安部公房(1924~1993)の長編小説である。発表は1973年。第1次石油ショックが高度成長を終わらせた年だが、日本社会が石油高騰の直撃を受けたのは晩秋のことなので、高度成長最末期の作品と言ってよい。

考えてみれば、「箱男」という発想はあの時代にぴったり合っていた。なによりも「箱」が世間にあふれ返っていたからだ。私の幼少期は高度成長期に入る前で、物を入れる大ぶりの箱といえば木製のリンゴ箱だったが、それがいつのまにかダンボール箱に代わっていた。軽量で組み立て式のところが、大量生産品の包装に適したのだろう。スーパーの倉庫にダンボール箱が山積みになっている光景は、高度成長期の象徴の一つだった。

人が箱をかぶるというのも、あの時代らしい思いつきだ。高度成長期の象徴には団地の風景もあった。直方体の建物がずらりと並んでいる。同一規格の建物それぞれに同一規格の居住空間が詰め込まれている。これだけでもう、「箱男」と言えるではないか。

高度成長期は人間関係が一変したころでもあった。農漁村部にあった地縁血縁の社会が縮まる一方、大都市圏では縁の希薄な社会が膨らんだ。都市の人間は多かれ少なかれ、人間関係を節減したのだ。「箱男」のたたずまいには、そんな状況が投影されている。

で今週は、その『箱男』(安部公房著、新潮文庫、1982年刊)を読む。筋はあるのだが、その流れを入念に追いかけていると読みどころを見逃してしまう――そんな作品だ。背景には、1950~60年代にフランス文学界を席巻した「新しい小説(ヌーヴォー・ロマン)」「反小説(アンチロマン)」の影響もあるだろう。著者は切り抜き帳を作成するように、さまざまな文章の――ときには画像の――切れ端をぺたんぺたんと貼りつけていく。

それは、冒頭4ページを見ただけでもわかる。
1ページ目 ネガフィルムの1コマ(被写体は判別困難)
2ページ目 新聞記事(東京・上野で「浮浪者」の取り締まり)
3ページ目 「ぼくは今、この記録を箱のなかで書きはじめている」など
4ページ目 「箱の製法」と題して「材料」「工具」を列挙

5ページ目からは「箱の製法」が詳述される。たとえば、ダンボールの大きさは縦横それぞれ1m、高さ1.3mぐらいが最適なこと。強さについていえば、標準品でも「一応の防水加工」が施されているのだが、雨季に耐えるものがほしければ、ビニール被膜で覆われた「蛙(かえる)張り」があること。底蓋を内側に折り込み、針金やテープでとめておけばポケット代わりに使える、といった体験者ならではの知恵も伝授されている。

「製法」指南をもう少し続けよう。箱の内壁には、針金を使って鉤(かぎ)を取りつける。ここに「ラジオ」や「湯呑(ゆの)み」や「魔法瓶」や「懐中電燈」や「手拭(てぬぐ)い」などをぶら下げるのだ。箱は移動可能の住居であって、衣服ではない。

微に入り細を穿って説明されるのが、「覗(のぞ)き窓の加工」だ。窓の寸法の参考値は上下28cm、左右42cm。結構、大きい。ただしそこには、縦方向に切れ目がある「艶消しビニール幕」を垂らしておく。箱男がまっすぐに立っているときは「目隠し」になるが、体を傾ければ切れ目に「隙間(すきま)」ができて「向うが覗ける」。隙間には「目つき」のような「表情」を生みだす効果があり、箱男の身を外敵から守ってくれる。

この開口部にこそ箱男の本質がある。向こうからこちらは覗けないが、こちらから向こうは覗ける、ということだ。これは、コロナ禍で日常のいでたちとなったマスク姿にも通じる。だからこそ、私は拙句のように春の街に箱男の影を感じとったのである。

人はどんな事情で箱男になるのか。「Aの場合」はこうだ――。きっかけは、自宅のあるアパートの周辺に箱男が住みはじめたことだ。ビニールの切れ目からのぞく片眼が不気味だった。Aは、その箱をめがけて空気銃を撃つ。急所を外したつもりだが、箱男は血痕かとも思われる黒ずみを地面に残して去っていった。2週間ほど後、Aが冷蔵庫を買い替えたとき、ダンボールの包装を解くと「いきなり箱男の記憶がよみがえってきた」。

Aは「しばらくあたりの様子をうかがってから、窓のカーテンを閉め」「おずおずと箱の中に這い込んでみた」。これが、箱の空気を初めて吸った瞬間だ。翌日には箱に窓を開け、中に入ってみる。そのとたん箱からとび出て、それを蹴り飛ばした。胸がドキドキして危険さえ感じたのである。だが3日目になると、箱の内側にとどまって、窓から「外」を覗けるようになった。こうして、しだいに箱男の世界に引き込まれていく。

窓越しに見た「外」の様子はこうだ。「すべての光景から、棘(とげ)が抜け落ち、すべすべと丸っこく見える」。古雑誌の山も、小型テレビも、灰皿代わりの空罐も、実は「棘だらけで、自分に無意識の緊張を強いていたことにあらためて気付かせられた」とある。これを私なりに解釈すれば、私たちは日々、身のまわりのあらゆるものに敵意を感じ、警戒しているということだろう。箱は、その敵意に対する盾にほかならない。

4日目は箱の中からテレビを視聴した。5日目は室内では原則、箱のなかにいた。6日目、箱を脱いで街に出かけ、生活用品一式と食料を買い込んだ。これが何の準備かは容易に想像がつくだろう。興味深いのは、このときポスター・カラー7色を買ったことだ。帰宅して箱に戻り、内壁に吊るした手鏡に向きあい、懐中電燈を灯して、顔面にポスター・カラーを塗りたくった。箱は、自身の変身願望を満たしてくれる装置にもなるらしい。

7日目、「Aは箱をかぶったまま、そっと通りにしのび出た。そしてそのまま、戻ってこなかった」――こうして箱男が誕生したのである。いや、アパート周辺をうろついていた箱男の記憶がAの欲望に火をつけたのだから、箱男が増殖したと言ったほうが正確だ。

このくだりの結語部分で著者は、箱男になりたいという衝動はA一人のものではないことを強調している。それは「匿名(とくめい)の市民だけのための、匿名の都市」を「一度でもいいから思い描き、夢見たことのある者」にとって「他人事ではない」という。

ここでは「匿名の都市」について言い添えられた注釈が欠かせない。その都市では「扉という扉」が「誰のためにもへだてなく」開放されている。逆立ち歩きをしようが、道端で眠りこけようが、道行く人を呼びとめたり、歌を歌ったりしようが、すべてが「自由」。しかも、「いつでも好きな時に、無名の人ごみにまぎれ込むことが出来る」のだ。箱男は引きこもりの一形態のように見えて、そうではない。匿名でいるのは自由がほしいからだ。

では、今の世の中はどうか。匿名性は高まったように思う。報道では、当事者の名前が出ない記事がふえた。ネットには、ハンドルネームの書き込みが飛び交っている。だが、その一方で私たちは個人番号で管理され、防犯カメラで監視されている。ネットの向こう側に行動履歴や閲覧履歴が筒抜けで、広告戦略に利用されたりもする。匿名で自己を隠しているように見えて、いつもどこかから見られているのだ。匿名でも自由ではない。

現代の匿名は、箱男の箱ほどの効力もない。こういう時代だからこそ、箱男の気持ちがよくわかる。マスクで顔を覆い、人に近づかないようにしながら歩く――その日常に箱男との類似をみても怒りが湧いてこないのは、そんな理由からかもしれない。
(執筆撮影・尾関章)
=2022年4月1日公開、通算620回
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今ここの宇宙論という哲学

今週の書物/
『宇宙はなぜ哲学の問題になるのか』
伊藤邦武著、ちくまプリマー新書、2019年刊

無限?

今風の起業で財を成した富豪が自腹を切って地球を飛びだす。そんなニュースが去年相次いだ。一般人が宇宙を旅する時代はもうすぐ、というとりあげ方が目立つ。

だが、待てよ、である。あの人たちが体験したのは本当に宇宙なのか? 宇宙は広大だ。地球は太陽系の一部であり、太陽系は我が銀河、即ち銀河系の一角にあって、銀河系は無数に散らばる銀河の一つだ。富豪たちが出かけたのは地球の庭先にほかならない。

逆に言えば、あの人たちは――ということは私たち一般人も――この世に生まれ落ちた瞬間から宇宙に存在しているのではないか。銀河系は宇宙の一要素であり、太陽系は銀河系の一かけらであり、地球は太陽系の一員だからだ。こんなことを言うと、へそ曲がりの小理屈だな、と揶揄されそうではある。でも私は、科学記者に珍しく、本気でそう考えてきた。宇宙開発を「夢だ、ロマンだ」ともてはやすことには違和感がある。

私たち人間は、だれもがみな、自分は今、ここにいると感じている。その〈今、ここ〉はどれも、宇宙の時間と空間のなかにある。宇宙は私たちの存在の土台なのだ。それが何かは、人間にとって切実な問題といえる。夢やロマンのようにふわふわしていない。

言葉を換えれば、宇宙は哲学のテーマである。実際、ギリシャ以来いつの時代も、哲学はときどきの宇宙観を人々に提供してきた。近世以降は自然哲学者や科学者によって提示される宇宙観が数式で理論づけられ、観測で裏打ちされるようになった。ただ、そんなこともあってか、宇宙の探究が私たちの〈今、ここ〉と切り離されてしまった感がある。そうならば残念なことだ。現代の宇宙観もまた、〈今、ここ〉と無縁ではありえない。

で、今週は『宇宙はなぜ哲学の問題になるのか』(伊藤邦武著、ちくまプリマー新書、2019年刊)。著者は1949年生まれの哲学者で、京都大学名誉教授。京都の風土に根ざして研究を重ねたせいだろうか、著書では、文理の垣根を超えて宇宙論も扱ってきた。

本書は、三つの章で組み立てられている。時代区分で言えば「古代」「近代」「現代」。第1章はギリシャ(本書の表記では「ギリシア」)哲学の宇宙観を振り返り、とりわけプラトンの天文思想に光を当てている。第2章の主役は、ドイツの哲学者イマヌエル・カント。近世に一新された宇宙観を近代の哲学者がどう受けとめたかを解説している。第3章では、ビッグバン宇宙論などの20世紀科学が哲学に与えた影響を浮かびあがらせている。

プラトンについては、その著『ティマイオス』の宇宙論が素描されている。それによると、デミウルゴスという神が「設計者」となった宇宙は「調和の世界(コスモス)」をめざしていたという。だが、現実の宇宙は究極のコスモスを実現しているわけではない。

恒星が散在する天空、即ち「恒星天」は「完全な球体」であり、星々も「最高度に完全な運動である円運動」をしているので、コスモスそのものだ。ところが、太陽や月、惑星の世界はこの球体に乗っていない。とはいえ、私たちが太陽や月を見て「季節」「日時」を認識していることでわかるように、これらにも「時間という秩序」のもとになる「数学的な比例構造」が組み込まれている。だから、宇宙は全体として調和している、とみる。

本書は、これをプラトン哲学のキーワード「イデア」に対応させる。イデアとは、現実の事物の「原型」であり「模範」でもある「完全な存在」だ。恒星天はイデアの「完全」を具現しているが、太陽や月、惑星はその「似像(にすがた)」や「影」の水準にあるという。

ギリシャの哲人は、宇宙にイデアを追い求めながらもその完全版は手に入れられず、一部は「似像」や「影」で満足しなければならなかった。これは、当時の宇宙観が天動説から脱け出せなかったからにほかならない。太陽系天体の扱いに手を焼いたということだ。

ところが近世になると地動説が強まり、天動説にとって代わった。本書によれば、カントがニュートン力学を哲学の側面から支える『純粋理性批判』(1781年)を執筆したころ、天文学は地球だけでなく、太陽系そのものも宇宙の中心から外して考えるようになっていたという。これは人間観も激変させた。人間は「宇宙の片隅のそのまた片隅の、非常に辺鄙(へんぴ)なところに生存する生物」とみなさざるを得なくなったのだ。

こうしたなかで、カントは「認識論的反省」を試みる。宇宙が「とてつもなく広い世界」であるならば「全体の大きさ」はどうなのか、宇宙が無限か有限かという難題に私たちは答えを見いだせるのか――こう問うた末にたどり着いた結論は「人間は、その理性の使用によっては、宇宙の無限・有限の問題に決着をつけることができない」というものだった。人間の「認識能力」に「制約」がつきまとうことを潔く認めたのである。

宇宙の時間について考えてみよう。著者の解説によれば、有限説の根拠はこうだ。もし宇宙に始まりの一瞬がなければ、それは物事の継起が無限に続くことを意味する。継起は「完結」しないということだ。そうなると、継起の完結時点である「現在」が成り立たない。

無限説はこうなる。もし宇宙に始まりの一瞬があるなら、宇宙は宇宙が存在しない「空虚な時間」に生まれたことになる。空虚が宇宙誕生の契機を宿すとは考えられない――。こうして、宇宙の時間をめぐる問いは二律背反(アンチノミー)に直面して頓挫する。

カントによれば、私たち人間にとっての「経験的世界」は「世界の事実の実相に迫った姿ではない」。それは「現象」であって「本物」ではないのだ。私たちにできるのは「世界の事物について時間的、空間的にその位置を特定し、その事物がどのように移動したり変化したりするかを因果法則という形式で表現する」ことである。人間は「時空の枠組み」と「因果性の概念」という「認識能力」をメガネにして世界を見ているに過ぎない。

興味深いのは、このカントの洞察が現代の宇宙論に思わぬかたちで示唆を与えていることだ。まずは、ビッグバン宇宙論に触れておこう。宇宙は大爆発(ビッグバン)で始まったという見方だ(*)。1960年代、その名残が宇宙背景放射として観測されたことで今や定説になった。宇宙には始まりがあったという宇宙観だ。カントの「認識論的反省」によれば答えを出せないはずの問題に、現代科学が正解らしきものを突きつけたのである。

ところが、話は一筋縄ではいかない。宇宙初期にはビッグバンに先だつ急膨張(インフレーション)があったとする理論が現れ、そこから、宇宙は一つではないという仮説が派生したのだ。本書は、インフレーション理論そのものには踏み込んでいない。ただ、宇宙が単一でなく、別の宇宙が「並行して存在」する可能性には触れていて、そのなかには私たちの宇宙より「時間的に先行」するものがあるかもしれない、と論じている。

これは、宇宙の始まりよりも前に宇宙があるという話だ。ビッグバン宇宙論によって、宇宙の時間の有限説が力を得たかと思いきや、次いで登場したインフレーション理論で無限説が巻き返した――。カントの洞察通り、人間はやはりこの問いに答えられないのか。

本書は終盤で、地球外生命探しの話題をとりあげている。そのくだりで著者は「人類の知性が生み出した科学や技術は、宇宙の中でどの程度まで普遍的で一般的なのでしょうか」と問いかけている。これは、人間観にかかわる哲学者の問題意識だろう。天文学では20世紀末以降、太陽系のほかにいくつもの惑星系が見つかり、地球外生命の現実感が高まっている。宇宙人探しは、もはや宇宙に夢とロマンを求める人たちだけのものではない。

この本を読むと、哲学者は物事を考えるとき、どこから先は知ることができないのかという視点も持ちあわせていることがわかる。ひたすら知ろうとする科学者との違いだ。私たちが科学本と併せて哲学本を読むことの意義は、そのあたりにあるのかもしれない。
*当欄2021年12月31日付「宇宙の最期か自分の最期か」参照
(執筆撮影・尾関章)
=2022年2月11日公開、通算613回
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宇宙の最期か自分の最期か

今週の書物/
『宇宙の終わりに何が起こるのか』
ケイティ・マック著、吉田三知世訳、講談社、2021年9月刊、原著は2020年刊

暦果つ

今秋、友人から1冊の本を贈られた。今どきのことだから、ネット通販大手から直接、拙宅に届けられた。ありがたいことだ。厚意に応えて、この本のことを語りたい。そう思って感想を書いていた。暮れも押し詰まった今年最後の日、その拙稿を公開しよう。

それは奇しくも、宇宙の最期を考える科学本だった。物理学には宇宙論という分野があり、宇宙の起源はだいぶわかっている。20世紀半ばは、宇宙は無限の昔からずっと在りつづけているという定常宇宙論と、宇宙は天地創造の大爆発で始まったとするビッグバン宇宙論が対立していたが、1960年代半ばに大爆発(ビッグバン)の名残が見つかり、後者が定説となった。宇宙には始まりの一瞬があるという見方が定着したのである。

1980年代初めには、さらに進展があった。天地創造のとき、大爆発に先だって宇宙が指数関数的に急膨張したという説が出てきたのだ。インフレーション宇宙論と呼ばれる。これについても、その直接証拠を見つけ出そうという研究が今まさに進んでいる。

宇宙は、始まりについてはかなりくわしくわかってきた。そこで気になるのは、ではどう終わるのか、ということだ。好奇心の自然な流れと言えよう。ただここで、私の心には悪魔のささやきが聞こえてくる――。宇宙の終わりなど、自分にどれほど意味があるのか。宇宙が終わるより早く私自身が終わっている。その確率は限りなく100%に近い。ならば、こう言ったほうがしっくりくる。私が終わるとき、私の宇宙も終わるのだ、と。

で、友人から本を貰った話に立ち返る。友人が新刊書籍をわざわざ買い求め、それを私に届けさせたことには隠された意味があるのだろう。友人も私も、すでに高齢者の域にある。それなのに科学本を、これまでのように知的好奇心を満たすためだけに読んでいてよいわけはない。宇宙をめぐる最新の知見を自身の現在と突きあわせて考察してみてはどうか――そう促されたような気がしたのだ。これもまた、悪魔のささやきに違いない。

その本とは『宇宙の終わりに何が起こるのか』(ケイティ・マック著、吉田三知世訳、講談社、2021年9月刊、原著は2020年刊)。著者は、ブラックホールなどの理論研究を専門とする米国の物理学者。2009年に米国で博士号を取得、英国、オーストラリアでも研究生活を送った。刊行時の肩書は、ノースカロライナ州立大学助教とある。科学の語り部としての活動に熱心で、『サイエンティフィック・アメリカン』誌などに寄稿している。

この本は序盤、宇宙物理のおさらいを済ませた後、第3章から本題に入る。宇宙の「終末シナリオ」を五つ選んで、一つずつ詳しく紹介している。それらを章題通りに並べれば、「ビッグクランチ」「熱的死」「ビッグリップ」「真空崩壊」「ビッグバウンス」である。

「ビッグクランチ」のクランチ(crunch)には破砕の意がある。潰れるということだ。この筋書きでは、宇宙が現在進行中の膨張をいつかやめ、収縮に転じた後、崩壊する。二つめ「熱的死」では、宇宙が膨張しながら「徐々に空っぽになり、暗くなっていく」。その結果、最後は「時間の矢」が事実上消滅するという。三つめ「ビッグリップ」のリップ(rip)は、引き裂くこと。これだと、宇宙は膨張の末に「自らズタズタに千切れていく」。

以上三つの筋書きでは、宇宙の膨張がこの先も続くのかどうか、が密接にかかわっている。カギを握るのは、宇宙を外方向へ膨ませるしくみだ。それらしきものとして、私たちが最近よく耳にする用語は三つ。「宇宙定数」「真空のエネルギー」「ダークエネルギー(暗黒エネルギー)」である。これらは同じものを指しているように見えて、実はそうではない。それぞれ由来が違うのだ。この本の記述に沿って、話を整理しておこう。

宇宙定数は1917年、アルバート・アインシュタインが発案した。アインシュタインは前年、一般相対論の方程式で宇宙の重力場を表現したが、それだけでは重力による収縮で宇宙が潰れてしまう。当時優勢の定常宇宙論を満たすためには、収縮作用を打ち消す仕掛けが必要だった。それで方程式に「空間を引き伸ばす」項をつけ加えたのだ。その項の係数が宇宙定数だ。これで「空間のすべての小片が反発エネルギーをもっている」ことになった。

宇宙定数はその後、いったんお役御免になる。膨張宇宙論が定常宇宙論にとって代わったからだ。宇宙膨張が最初の一撃の惰性で続いているなら、反発エネルギーの供給は不要になる。ところが1998年、膨張の「加速」が観測され、この定数は息を吹き返したのである。

では、真空のエネルギーとは何か。こちらは「からっぽの空間がもつエネルギー」を意味する。量子論によれば、真空にも場の基底状態があり、エネルギーがゼロとは言えない。このエネルギーが「宇宙定数をもたらしている」と考えてよいなら「最も自然」な説明になる、と著者もみる。だが、そうは問屋が卸さない。宇宙では真空のエネルギーの理論値が、宇宙の加速膨張の観測から得られるエネルギー値より120桁も大きいのだ。

120桁の違いを説明する妙案は見つかっていない。宇宙定数イコール真空のエネルギーかどうかの答えは宙に浮いている。さらに宇宙定数が本当に定数で、いつでもどこでも一定かどうかも不確かだ。だから、この本ではこんな記述に出あう。「宇宙の膨張を加速させられる仮説上の現象は、すべてひっくるめて『ダークエネルギー』と総称する」(原文では太字箇所に傍点)。それは加速膨張の原因という役割に注目する概念で、実体は謎のままだ。

前述した筋書きをダークエネルギーに引き寄せてみよう。「ビッグクランチ」では、重力による収縮がダークエネルギーによる加速膨張に勝る。逆に「熱的死」と「ビッグリップ」では重力が負けるので、それらは「ダークエネルギーによってもたらされる終末」だ。

そうなると、宇宙に重力源の物質がどれほどあり、ダークエネルギーの量がどのくらいかが気になるが、それがはっきりしない。最近の科学記事には、ダークエネルギーが宇宙の全物質・エネルギーの7割ほどを占めるという知見がよく出てくるが、この本はそのことにも踏み込んでいない。ダークエネルギーは「時間の経過にともなって変化しうる」というから、現時点の成分比にこだわってもしようがないのかもしれない……。

要は、ダークエネルギーはわかっていないことばかりということだ。だから、「ビッグクランチ」「熱的死」「ビッグリップ」については、どの筋書きが有力かを言うのは早すぎる。まずは、科学者にダークエネルギーが何かを見定めてもらおうではないか。

筋書き4番目の「真空崩壊」と5番目の「ビッグバウンス」は、理論先行で観測の手が届かないところにあるようなので、吟味はいっそう難しい。だから当欄は、この二つには立ち入らない。ただ「真空崩壊」が私の心をとらえたことだけは強調しておこう。

「真空崩壊」が凄いのは、それが遠い未来の話ではないことだ。この瞬間の出来事であっても不思議はないという。発端は「真の真空」の「泡」が出現すること。泡は膨らみ、広がり、可能な限りの宇宙を「取り消してしまう」。そこに私たちがいれば、のみ込まれてしまうだろう。これは、宇宙が量子論のトンネル効果によって「偽の真空」状態から「真の真空」状態へ移ることを意味する。確率論でそんなことも起こるという話だ。

著者は、こう脅かしておいて、それは「あなたが心配すべきことがらではない」と断ずる。崩壊が起こったら「止める手段がない」。起こる気配があっても、それを「知りえない」。もし、身に降りかかっても「痛くはなさそう」。消滅させられたときは「悲しむ人も、同時にいなくなる」。そして「少なくとも、今後、何兆年かのあいだは」「可能性はきわめて低い」と不安を和らげる――。この宇宙観は、人生観とも響きあう。

「私」自身の終末も、ある種の真空崩壊と言えよう。宇宙に比べ、その可能性は格段に大きく、安心していられる時間は桁違いに短い。もちろん、崩壊には心がけ次第で回避できるものもあるが、「止める手段がない」リスクや「知りえない」リスクが数多ある。「私」の未来は、いつも崩壊と隣り合わせだ。宇宙の不確かさが「私」の存在の不確かさと見事に重なりあうではないか。科学本を読むことはやはり、自身の現在に光を当ててくれる。
(執筆撮影・尾関章)
=2021年12月31日公開、通算607回
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