ロシアに「ソ連」を見る話

今週の書物/
『歴史・祝祭・神話』
山口昌男著、中公文庫、1978年刊

ロシア

ロシアのウクライナ侵攻は、政治権力というものの怖さを私たちに見せつける。権力者がいったん軍事行動の指示を出せば、兵士たちは隣国に踏み込んで人間を殺傷することを強いられる。隣国の兵士たちも、それに対抗しようと殺傷能力のある武器を手にとる――そんな悪循環が日々繰り返されている。しかも、この軍事行動は軍事とは無縁の人々をも巻き込み、生命を奪い、家族を引き裂き、生活の場をずたずたにしているのだ。

今回の侵攻についていえば、軍事行動のカードを最初に切った政治権力はロシアのプーチン政権であり、もっと端的にいえば大統領のウラジーミル・プーチン氏その人である。怖いのは、国内外の批判にまったく耳を傾けようとしないことだ。国際社会の圧力に馬耳東風なだけではない。ロシア国内では言論を統制し、デモ活動を取り締まって、戦争反対の動きを封じようとしている。独裁と言われても仕方ない体制が、そこに出現している。

不思議に思うのは、ロシアという国がしくみのうえでは民意にもとづく民主主義国家であることだ。大統領は任期6年で、直接選挙によって選ばれる。議会には上下両院があり、下院の選挙は5年ごとにある。それなのになぜ、こんな政治権力が出現したのか。

ただ、不思議に思いつつも、その思いはすぐに消えてしまう。私と同世代、あるいは私よりも年長の世代に限ったことだろうが、妙に納得してしまうのだ。かつてユーラシア大陸には、ソビエト社会主義共和国連邦、略称ソ連という大国があった。ソ連は東西冷戦の終焉からまもない1991年に解体され、その継承国となったのがロシア連邦だ。だから私たちは、ロシアのニュースに触れると、そこにどうしてもソ連の影を見てしまう。

ただ私は、ソ連らしいソ連をリアルタイムでは知らない。先行世代が語る言葉から、それを感じとっていたのだ。たとえば「粛清」。もともとは批判勢力の追放を意味するが、ソ連では物理的な抹殺をも含意した。1917年のロシア革命が駆動力となって生まれたソ連の共産党一党独裁体制では、党指導部が1920年代から1930年代にかけてこの弾圧で批判勢力を封じた。その中心にいたのが、ヨシフ・スターリン(1879~1953)である。

今回のウクライナ侵攻でプーチン政権の独裁ぶりをみると、スターリン体制の残滓が亡霊のように現れた気がする。民主主義のしくみがあっても同じ病を発症したのだ。スターリン的なるものは一党独裁の社会主義体制を必要条件とはしていなかったのか――。

で、今週の1冊は『歴史・祝祭・神話』(山口昌男著、中公文庫、1978年刊)。著者(1931~2013)は北海道生まれの文化人類学者。東京大学を卒業後、ナイジェリアやインドネシアに赴いて現地調査による研究を重ねた。『アフリカの神話的世界』『道化の民俗学』などの著書がある。本書は、中央公論社の月刊誌『歴史と人物』1973年4月号に載った同名の論考をもとにしている。単行本が1974年に同社から出た後、文庫化された。

ちなみにこの論考は、今では岩波現代文庫の1冊にもなっているから、そちらで読んだ方も多いだろう。私は先日、書店の古書コーナーでたまたま本書に出あった。その目次に「スターリンの病理的宇宙」といった章があるのを見て、思わず手が伸びたのだ。

私が思うに、本書の最大の強みは著者が文化人類学者であることだ。一党独裁の社会主義体制の指導部に巣くった歪んだ心理を政治思想とは別の次元で見つめ直して、その病理に迫っている。この視点に立てば、ソ連の社会主義を捨てたロシアが今なお、スターリン的なるものを引きずっていることも不思議ではない。ソ連時代の思考様式、行動様式からマルクス・レーニン主義がすっぽり抜け、様式のみが残っているということではないか。

ことわっておくと、本書はソ連史ばかりを話題にしているのではない。とりあげているのは、スペインの詩人ガルシア・ロルカの作品世界であったり、欧州の中世史であったり、日本の南北朝時代史、戦国時代史であったり、あるいはナチス・ドイツの現代史であったりする。著者は、これらの題材について膨大な量の文献を読み込み、そこから人類の歴史を動かす普遍原理をすくいとっている。ソ連についての考察は、その延長線上にある。

文化人類学者らしい考察だなと思わせるのは、随所で「はたもの」という言葉をもちだしていることだ。その原意は機織りの道具だが、それを磔(はりつけ)の刑具として使う風習もあったことから、磔刑の受刑者を指すことがあるらしい。本書の記述を要約すると、こうなるだろうか。「はたもの」は権力者にとって「時間(歴史=秩序)の外」へ追いだすべき存在であり、「『秩序』を可視のものとするために必要」である――。

言葉を換えれば、「はたもの」は生贄にほかならない。ただ、「はたもの」の役はだれでも担えるものではないらしい。著者は東西古今の文献をもとに、こう結論する。「はたもの」は「平日」でなく「祝祭日」的だ。そこには「節度」ではなく「過度」、「秩序」ではなく「混沌」がある。その人は「『生感情(ヴァイタリティ)』の過度の所有者」であり、「はみ出し」と言ってもよい。「政治的世界の秩序を脅しながら、これに活力を与える」のだ。

では、初期ソ連を率いた共産党で誰が「はたもの」に仕立てあげられたのか。ここに登場するのが、レフ・トロツキー(1879~1940)。「トロツキスト」という左翼陣営内のレッテル貼りでよく知られた革命家だ。評価は党派によって分かれたが、本書はそのような路線論争には立ち入らない。著者はひたすらトロツキーの逸話を拾いあげ、その人物像を浮き彫りにしながら、なぜ彼が「はたもの」の役回りに追い込まれていったかを探っている。

本書は、1917年ロシア革命の指導者ウラジーミル・レーニンが1924年に病没する前後、党内がどのように揺れ動いたかを跡づける。芝居に見立てれば、主役がトロツキーであり、敵役がスターリンだ。ただ両者の間にあったのは、ふつうの意味でいう権力闘争ではない。敵役が権力志向なのは間違いないが、主役はそれほどでもなかったのだ。「スターリンは敵の長所も弱点も知り尽していたのに、トロツキーはなんの研究もしていなかった」

本書によれば、トロツキーは「ここ一番という時に、跳ぶことができなかった」。レーニンが後継者含みのポストを用意してもそれを受けなかった。スターリンから攻撃されても反撃しようとしなかった。ただ「謙虚」なのか、内部抗争を「嫌悪」していたのか、「楽天的性格」ゆえにいつかは勝てると思っていたのか、あるいは、もともと俗世間にまみれない「隠者的性格」を具えていたのか――著者が挙げる推測は尽きない。

興味をそそられるのは、著者がトロツキーの弱点を1923年の「文化的な言葉づかいのための闘い」という論文に見いだしていることだ。トロツキーは論文で、ロシア社会に「悪罵の言葉」があふれていると指摘して、国語学者や言語学者、民俗学者にこう問いかける。「ロシア語以外にこんなにしまりが無く、べたべたして、調子の低い悪態の言葉があるのかどうか」と。その「卑しむべき悪態のパターン」が革命後も引き継がれているという。

たかが言葉づかいのことではないか、と思われるかもしれない。ただ、著者は言い添える。「悪態の集中砲火」はやがて制度化されてトロツキー自身にも浴びせられ、さらにスターリン体制下の「粛清」で「肉体言語」のかたちをとって大展開されたことを。

著者は、トロツキーの思考に「西欧の優越性、ロシアの後進性という図式」がしみついていたことを見逃さない。「西欧派」は、レーニン時代は好印象を与えたがレーニン後は逆転した。「これこれの事象は西欧諸国にはない」という物言いは「党官僚」に対しては説得力がなかった。西欧派であることが「異邦人=侵略者というレッテルと結びついた」のだ。どことなく、ウクライナをなじるプーチン政権の言い分を連想させるではないか。

ウクライナはソ連から独立後、西欧志向を強めていた。そう考えると、プーチン氏のウクライナ観は、「党官僚」のトロツキー観に近いのかもしれない。この見立ては、トロツキーがウクライナ出身であり、しかもウクライナの現大統領ウォロディミル・ゼレンスキー氏と同様にユダヤ系だったことを思うと、いっそうもっともらしい。プーチン氏の内面には西欧嫌いがあるのか。だとしても、あの軍事行動は常軌を逸しているが……。

トロツキーは結局、「はたもの」になった。亡命の末、1940年にメキシコで暗殺者の手にかかったのだ。文化人類学者のトロツキー論を読んでつくづく思うのは、人間社会はイデオロギーのあるなしにかかわらずよく似た過ちを繰り返している、ということだ。
(執筆撮影・尾関章)
=2022年6月10日公開、通算630回
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2 Replies to “ロシアに「ソ連」を見る話”

  1. 尾関さん、

    とても面白い論考ですね。いろいろ考えさせられます。

    でも、ひとつ気になったことが。
    《ウクライナ侵攻でプーチン政権の独裁ぶりをみると、スターリン体制の残滓が亡霊のように現れた気がする》
    うーん、僕はそうは思いません。プーチン政権の運営は独裁的ですが、独裁的だから悪いとは言い切れない。

    独裁者というと必ず名前があがるのがヒトラーですが、ヒトラーも選挙で選ばれました。ドイツ国民が投票によって意思を示し、選ばれたヒトラーが独裁的に物事を運ぶ。21世紀になってから世界中に現れた100人以上の独裁者も、そのほとんどが選挙で選ばれた。プーチンも例外ではありません。

    プーチンのロシアという国の運営を見ていると、国民の声の代弁という側面がよく見えてきます。そういう意味で、スターリンとはまったく違うと思うのです。でもやり方は独裁的ですよね。

    独裁者の決定は、議会とか司法といった時間のかかるプロセスを経ないので、とても効率的です。独裁者が、国民の多くが望むことをすれば、国民の声を代弁しているといって人気がでて、また選ばれる。

    独裁者が正常な判断ができ、能力のある人たちが重要な決定を任されているうちは、独裁制はそんなに悪くない。民度の低い開発途上国の多くが独裁的な国の運営をするのには、それなりの理由があるのだと思います。

    ところが、どんな制度も疲弊して、ダメになってゆく。「能力のある人」が「出世ばかりを考える人」や「取り持ちと呼ばれる人」に取って代わられると、独裁者が何げなく言ったことが拡大解釈されて伝わったり、ちょっとしたことが盛られて大きくなってしまったりする。多くの人たちが独裁者の機嫌を取るようになると、独裁制には終わりが来ます。

    1938年を境にヒトラーの政治が大きく変わり、権力構造があっという間に腐敗し、1945年に滅びるまでなんと7年もの無駄な時が流れました。今のロシアのプーチンの権力構造も、腐敗し滅びるのでしょうが、それまでにどれだけの時が流れるのやら。

    開発途上国なら、クーデターが起き、政権が交代して新しい腐敗構造が生まれ、すべてが以前のように続いて行くのでしょうが、ロシアのような国ではそうは簡単にいかないのでしょう。ただ今回のことでプーチンの権力構造が弱まるのは間違いない。

    ロシアが弱まった後で、中国がどうなるのか、ヨーロッパがどうなるのか、アメリカがどうなるのか、そして日本がどうなるのか、もう少し生きて見ていたい気がします。

    1. 38さん
      民主的に選ばれた独裁者がなぜ多いのか?
      一つには民主主義がスタンダードになり、たいがいの国に民主的な諸制度が整ったことがありますね。
      もう一つ、民主主義とりわけ指導者を直接選挙で選ぶ方式の民主主義は独裁を生みやすい、という逆説も成り立つのではないでしょうか。
      それは、選挙が生贄(今回の本によれば「はたもの」)をつくって「悪態の集中砲火」を浴びせる装置になるからです。
      これにソーシャルメディアが加わると、手がつけられない。
      民主主義の良質な部分を保たせるには、くじ引き民主主義のほうがよいのかもしれません。

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