今週の書物/
「僕たちは、カミュ的状況にいるのか」
尾関章執筆、ブック・アサヒ・コム「文理悠々」、2011年3月31日付
新型コロナウイルスの感染禍が、日本列島にも押し寄せたころからだろうか、アルベール・カミュの長編『ペスト』の書名をメディアで目にすることが多くなった。もっともな話だ。この小説を読んだことのある人は、今まさに進行中の出来事を見て既視感のような感覚に囚われたのではないか。だが、それは錯覚としての既視感ではない。この作品世界に入り込んだとき、コロナ状況と酷似した現実を仮想体験していたのである。
この小説は、ペストという今では抗菌薬で対抗できる感染禍を題材にしている。だから、私は新型コロナウイルス感染禍の当初、あえてとりあげようとは思わなかった。だが、この闘いが長期戦とわかった今、その作品世界を再訪することは大いに意味がある。
この小説のことは9年前、当欄の前身で書いている。それはブック・アサヒ・コム(現・好書好日)欄に残っていたのだが、残念なことに今は外されてしまった。それならば、と当時の拙稿を私のPCから掘りだして再読してみることにする。自分が書いた記事を話題にする、という行為には気おくれを感じる。だが、9年前の自分を赤の他人と思って突き放してみれば、そこに過去と現在の対話が生まれそうな気もする。
その拙稿は、「僕たちは、カミュ的状況にいるのか」(ブック・アサヒ・コム「文理悠々」、2011年3月31日付)。公開日は3・11――東日本大震災とそれに伴う福島第一原発事故――から間もない。私たちが津波被害の深刻さに呆然とし、放射能の脅威に慄いていたころだ。私は、そこに実存哲学の「限界状況」を感じとり、「カミュ的状況」と名づけた。カミュの文学は本人の意思とはかかわりなく、実存主義の文脈で語られることが多いからだ。
拙稿の中身に入るまえに、作品そのものについて――。私がこのときに再読したのは、宮崎嶺雄訳『ペスト』(新潮文庫、1969年刊)だ。カミュ(1913~1960)が30代半ばだった1947年に発表した作品。フランスの植民地だったアルジェリアの港町オランで40年代にペストが蔓延する、という筋書きになっている。オランは実在の都市だが、ペスト禍はフィクション。それでも迫真なのは、著者の想像力が半端ではないからだろう。
私は拙稿で「カミュ的状況」をこう要約した。オランでは「この町から出てはいけないという強権」が行使され、市民たちは「ハイリスクの空間に閉じ込められる」――緊急事態宣言下で遠出の自粛を求められている今の私たちは、これに似た状況にある。
実際のところ、この小説の筋書きは驚くほど2020年の状況に重なる。類似点を挙げておこう。(以下、「」は拙稿からの引用、〈〉は『ペスト』本文からの引用、ルビは省く)
一つには、ペスト禍で「はじめは役所の発表も抑え気味」だったこと。オランの県当局は〈悪性の熱病〉について〈果して伝染性のものであるか否かはまだなんともいえない〉と即断を避け、〈若干例がオラン市区に発生した〉としか言っていない。これは、私たちがコロナ禍の始まりに経験したことに近い。なべて行政官には、大げさに騒いで混乱を増幅させたくないという心理が働くのか。カミュは、その落とし穴を見抜いている。
「そうこうするうちに、病院は満床になり、死者の数も日に日に増して」というペスト禍の展開もコロナ禍に似ている。そんな事態になって、市の閉鎖命令が出される。市門が閉ざされたのだ。〈この瞬間から、ペストはわれわれすべての者の事件となった〉。今回、日本政府も医療崩壊が懸念されるようになってから緊急事態宣言を出した。その結果、私たちは不要不急の活動を控えるよう求められ、コロナが〈すべての者の事件〉となったのである。
私は改めて思う。感染症を封じる手だては、人と人とを隔てることよりほかにないのか――このことは先週紹介した『コロナの時代の僕ら』(パオロ・ジョルダーノ著、飯田亮介訳、早川書房、2020年刊)で、理系出身の作家ジョルダーノが指摘していたことでもある。有効な予防医療がなく、確実に治るという特効薬も見つからない未知の病原体に向きあうとなると、結局は人と人との接触を絶つことから始めなくてはならない。
近代以後の人類は生命科学の領域でいくつもの大発見を重ね、いくつもの画期的な技術を手に入れた。20世紀後半には、生物の仕様書がDNAという核酸分子に刻まれた暗号文であることを見いだした。21世紀に入ると、細胞を未分化の状態に戻して生体組織を再生する医療も夢ではなくなった。それなのに、ヒトが新顔のウイルスに乗っ取られると手も足も出ない。100年前と同じように、人は人から離れることを余儀なくされている。
もっとも、1940年代のペスト禍と2020年代のコロナ禍では違いもある。オランでは閉鎖命令を受けて、市域の内と外をつなぐ通信が制限されていく。手紙は菌を媒介するということでダメ。不急の電話も回線をパンクさせるからダメ。電報だけが頼りだった。
これに対して、私たちにはIT(情報技術)がある。あるときはメールで、あるときはソーシャルメディアで。そして、みんなでわいわいやりたければウェブ会議システムを介して仲間の顔を見ながら語りあうこともできる。その結果、市内と市外の間だけでなく、同じ市内にいる人々の間でも物理的な接触を減らせるようになった。私たちが、生存の枠組みである実空間をどこまでネット空間に置き換えられるかは心もとないが……。
ここで、私が9年前の拙稿には書かなかったことを追記しておこう。『ペスト』の主人公ベルナール・リウー医師が入居するアパートの門番、ミッシェルの死についてだ。階段で鼠の死骸が見つかっても〈この建物には鼠はいない〉と譲らない老人。住人にとっては身近な人物だった。その門番が体調を崩し、高熱を発して弱っていく。リウーは治療を施し、救急車に乗せて病院に向かうのだが、門番は〈鼠のやつ!〉とつぶやきながら息を引きとる。
そのあとの一文が、心に刺さるのだ。〈門番の死は、人をとまどいさせるような数々の兆候に満ちた一時期の終了と、それに比較してさらに困難な一時期――初めの頃の驚きが次第に恐怖に変って行った時期――の発端とを画したものであったということができる〉
今回のコロナ禍で、私たちが〈恐怖〉を感じはじめたのは有名人の感染死が伝えられたころではなかったか。有名人は、メディアを通じてのことだが、門番同様に私たちが身近に感じる人物だ。人々は、有名人の死の向こうに市民社会の危機をのぞき見たのである。
9年前、私は〈門番の死〉のくだりを拾いだして拙稿に書き込んではいない。ところが今、もう一度『ペスト』のページをぱらぱらめくってみると、この一節に目がとまり、心に残った。それは、私たちが今まさに実空間の感染禍を体験しているからだろう。
この作品の登場人物の多くは、疫病禍の限界状況と対峙して「人としての生き方を変えていく」。私たちもコロナ後に生き延びているならば、今と異なる生き方をするに違いない。
(執筆撮影・尾関章)
=2020年5月8日公開、同年6月1日最終更新、通算521回
■引用はことわりがない限り、冒頭に掲げた書物からのものです。
■時制や人物の年齢、肩書などは公開時点のものとします。
■公開後の更新は最小限にとどめます。
尾関さん
3.11後に尾関さんが名付けた「カミュ的状況」の要約は「この町から出てはいけないという強権」の行使であり、市民たちが「ハイリスクの空間に閉じ込められる」状況とあります。
これに従えば、私はいま「カミュ的状況」にいる、と言えそうです。但し、私が閉じ込められていると感じるのは「町やハイリスクの空間」ではなく「自分の身体」なんですね。
65歳以上の人がコロナに感染した場合、致死率が有意に高くなるそうですが、いま私が感染すれば、かなりの確率で私は死ぬわけです。ただ、この話は自分が「カミュ的状況」にいることを強く意識し始めた契機に過ぎません。
コロナから発展して、生まれた時に既に「カミュ的状況」に置かれたという当たり前の事実を強く感じるようになったのだと思います。加齢により身体がギクシャクし始めたという自覚が、ハイリスクな身体に閉じ込められているという感覚を倍加しているのでしょう。
コロナと違い、距離を取るという解決策のないこの「カミュ的状況」はなかなか厄介です。
虫さん
《コロナから発展して、生まれた時に既に「カミュ的状況」に置かれたという当たり前の事実を強く感じるようになったのだと思います》
戦争を知らずに育った僕たち世代が、加齢・老化期にさしかかって戦争と等価のようにも思える「カミュ的状況」に追い込まれている――そんな気もしますね。