初夢代わりに漱石の夢をのぞく

今週の書物/
「夢十夜」(夏目漱石)
=『文鳥・夢十夜』(夏目漱石著、新潮文庫、1976年刊)所収

目を閉じても見えるもの

新年だから初夢の話をしたいのだが、思いだせない。最近は、もの忘れだけでなく夢忘れも多くなった。勤め人生活をやめ、目覚めの時間をゆっくり過ごせるようになったのだから、今見たばかりの夢を反芻したいと思うのだが、それができない。

ただ、去年暮れに見た夢に、おぼろげながら覚えているものがある。筋というほどのものはない。ほとんど短編映画、いやTVコマーシャルのようなものだった。その夢は、私が寝室で寝ているという現実を起点にしている。起きて隣のリビングルームへ行きたいが、ためらっているのだ。隣室は真っ暗のはず。ひとりでは怖い。子どものように恐怖心を抱く。それでも私は、いつのまにか歩いている。闇のほうへ一歩、一歩……。

そして私は、闇のなかに突っ立っている。不思議なことに、そこは隣室ではない。もはやわが家にいないのだ。今いるのはスタジアムのフィールド。この情景が浮かんだのは、たぶんサッカーW杯の影響だろう。私はサッカーファンではないのだが、それでもカタール発の映像は脳裏に焼きついていた。ただ、そのスタジアムは暗くて静まりかえっている。選手もサポーターもいない。私は、闇の底にただ一人取り残されている。

ところが突然、意外なことが起こる。スタンドを見あげると、スコアボードのような電光板に女性の顔が映しだされているではないか。画面いっぱいの大写し。顔つきは欧米人のようで、一瞬、アンディ・ウォーホルが描いたマリリン・モンローかとも思った。だが、表情はもっと現代風だ。CNNのニュースキャスターのようにも見える。静止画が、やがて動画に変わる。女性の顔はシュルレアリスムの絵のように歪んで……そこで夢は消えた。

私は、自分の夢をフロイト流に分析してほしいわけではない。夢を糸口に、意識よりも深層に潜む自分の「無意識」を探りたい、とも思わない。ただ、夢の一つを今ここに書きだしたことで、ひとつはっきりしたことがある。夢は自分には制御不能ということだ。

眠っているときに隣室が気になる、という心理はわからないでもない。隣室で就寝前にしておくべきだったことを睡眠中に思いだしたのかもしれない。ただ、その隣室が突然、スタジアムに変わった理由がわからない。スタジアムの出現はW杯効果だとしても、なぜ隣室がそれに化けるのか。さらに言えば、暗闇に光が差して女性の顔が浮びあがるという鮮烈な展開も不可解だ。私は映像作家でもないのに、こんな演出をやってのけるとは。

ふと思うのは、夢は自分とは別の生きものではないか、ということだ。内面に住みついてはいるが、制御の及ばない意識体系。私たちは、そんな存在を寄生させているのかもしれない。もしそうならば、私の脳にはいくつもの世界が同居しているのか――。

で、今週は新年恒例の夏目漱石。今年は「夢十夜」を読む。『文鳥・夢十夜』(夏目漱石著、新潮文庫、1976年刊)に収められている。著者(1867~1916)が1908(明治41)年夏、東京、大阪の朝日新聞に連載した掌編の連作だ。「第一夜」から「第十夜」までの10編から成る。「第一夜」~「第三夜」と「第五夜」の4編は冒頭の1行が「こんな夢を見た」。残り6編にこの文言はないが、それも夢の話であることは明白なつくりとなっている。

「第一夜」はこうだ。目の前に女が横たわっていて「もう死にます」と静かに言う。血色がよくて死ぬようには見えないのだが、その言葉は確固としている。「自分」が「大丈夫だろうね」と声をかけると、女は「でも、死ぬんですもの、仕方がないわ」と応じる。

その女は「自分」に埋葬を頼む。穴掘りには真珠貝を使ってほしい、墓標は空から降ってきた星のかけらがよい、そう細かく指図して「墓の傍に坐って待っていて下さい」と言う。「日が出るでしょう。それから日が沈むでしょう」。こうして100年たてば、「きっと逢いに来ますから」と約束して逝く。「自分」は庭に出て真珠貝で穴を掘った。星のかけらを見つけて墓石代わりにした……さて「自分」は100年待ったのか? 女は戻って来たのか?

この一編には、夢の夢らしさが凝縮されている。死にそうにない人間が自殺するわけでもなく「死ぬ」と言って死んでいく。墓所は、寺でもなく墓苑でもなく庭先だ。所望の真珠貝や隕石が、都合よく手に入る。考えにくいことばかりが継起するのである。

その極みは、100年待てという遺言だ。長寿社会の今でこそ人生100年などと言われるようになったが、明治期の100年は人間の尺度を超えていた。生活感覚では実感できない長さだっただろう。それが、女と男の関係に紛れ込んでくるところが夢なのだ。

「第三夜」の夢にも、同様の夢らしさがある。「自分」はわが子を背負っている。6歳の子だ。不可思議なのは、「自分」が気づかないうちにその子が盲目になっていることだ。「自分」が畦道を歩いていると、背中の子が大人びたもの言いで「田圃へ掛ったね」と言い当てる。田圃とわかった理由を問うと「だって鷺が鳴くじゃないか」。実際、返事の後に鷺の鳴き声が聞こえた。わが子はただ勘がよいというのではない。予知能力があるらしい。

「自分」は「少し怖くなった」ので、背中の子を森に捨てようと思いはじめる。と、子が「ふふん」と冷笑する。森の近くまで来ると「遠慮しないでもいい」と促したりもする。心の内側を見透かされているようだ。このあたりから、子が発する言葉は不気味さを帯びてくる。「もう少し行くと解る。――丁度こんな晩だったな」。100年前の晩のことである。1808年、江戸時代の文化5年にあったおぞましい出来事が「自分」の心に呼び起こされるのだ。

わが子を背負い、田園地帯を歩くことまでは日常だ。だが、子が知らぬ間に視覚を失ったり、大人っぽい口を聞くようになったりするのは、いかにも夢だ。そのうえ、ここでも100年という人間の尺度を超えた時間が登場人物の世界に入り込んでくるのだ。

本書巻末の解説(三好行雄執筆)によると、この「第三夜」は伊藤整、荒正人らの評論を通じて漱石の「原罪意識のありかを告げるもの」とみられるようになったという。

「第六夜」は、夢の奥行きとなる時間幅がもっと大きい。「自分」は「運慶が護国寺の山門で仁王を刻んでいる」という噂を聞きつけて現場に出かける。「松の緑」と「朱塗の門」のたたずまいが「何となく古風」。「自分」は鎌倉時代へトリップしているのだ。

山門の周りには野次馬が群がっている。「自分」が「能くああ無造作に鑿を使って、思う様な眉や鼻が出来るものだな」とつぶやくと、近くにいた男がおもしろいことを言う。眉や鼻はもともと「木の中に埋っている」のだ、石ころを土中から掘りだすような作業だから「決して間違う筈はない」。それを聞くと「自分」は山門を立ち去り、家に帰るなり樫の薪材に鑿を当て、金槌を振るってみるのだが……。思いも寄らない話の展開だ。

時間ではなく、空間の妙を見せつけるのが「第八夜」の夢だ。それは、「自分」が床屋の店内に入るところから始まる。部屋は「窓が二方に開いて、残る二方に鏡が懸っている」。理髪台の一つに腰を下ろすと、正面の鏡には、まず自分の顔があり、その後方に窓が映り込んでいる。「窓の外を通る徃来の人の腰から上がよく見えた」。夢はこのあと、表の通りを歩く人々を素描する。ガラスがつくり出す鏡越し、窓越しの世界は映画のようでもある。

この「第八夜」で床屋の店先を通り過ぎたパナマ帽の男は、「第十夜」で主役格になって再登場する。「第八夜」では鏡の向こうで女を連れていて得意顔だったが、「第十夜」では女難に遭って寝込んでいる。街角の水菓子店(果物店)でナンパしたつもりが、逆に連れ去られて1週間ほど行方不明となる。帰ってきてから打ち明けた話がうそでないのなら、彼が体験したことは奇妙奇天烈だ――夢のなかの人物が夢を語るような入れ子構造である。

漱石「夢十夜」の「夢」は、それが本当の夢かどうかは別にして夢らしいものではある。時空の枷が払われ、虚実の境がぼやけ、自分の中に別のだれかがいるようにも見える――。さて私は今年、どんな夢を見るのか。別のだれかがいいヤツならよいが、と切に願う。

☆引用箇所のルビは原則、省きました。
(執筆撮影・尾関章)
=2023年1月13日公開、通算661回
■引用はことわりがない限り、冒頭に掲げた書物からのものです。
■本文の時制や人物の年齢、肩書などは公開時点のものとします。
■公開後の更新は最小限にとどめます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です