今週の書物/
『寝台急行「銀河」殺人事件――十津川警部クラシックス』
西村京太郎著、文春文庫、2017年刊
今週も2時間ミステリー(2H)の話題を。今月29日に最終作品が放映される「西村京太郎トラベルミステリー」(テレビ朝日系列)。高橋英樹主演の十津川警部シリーズである。
このシリーズの退場は、日本のテレビ史に記録されるべきだろう。というのも、放映開始が1979年だからだ。2Hの新作放映枠が国内テレビ界に登場したのは1977年(初期は90分枠)。その2年後に開店したわけだから、2Hの老舗であることは間違いない。(*2)
シリーズが始まったころは、2H新作放映枠がテレ朝系列の「土曜ワイド劇場」(土ワイ)だけだった。日本テレビ系列の「火曜サスペンス劇場」(火サス)が追いかけるのは1981年。やがて民放各局に広まり、十津川警部ものも複数局が手がけるようになる。だから、テレ朝系列「西村京太郎トラベルミステリー」は数ある十津川警部もののなかで元祖ということだ。その新作がもう見られない。先週の言を繰り返せば、一つの時代が終わったのである。
では、テレ朝系列の十津川警部ものは何本つくられてきたのか。テレ朝の公式サイトでは、最終作品が「第73弾」とされているが、これには疑問もある。ウィキペディア記載の作品を数えあげると、1979年からの総数が76本になるからだ。このズレは何か。実はシリーズ初期の3本は、系列在阪局の朝日放送(ABC)が大映と組んで企画制作しているのだ。テレ朝本体が東映と組んでつくってきたものが、1981年以来73本になるということだ。
制作局が途中で代わった理由が気にはなる。ここでは立ち入らないが、当欄が去年話題にした『2時間ドラマ40年の軌跡』(大野茂著、発行・東京ニュース通信社、発売・徳間書店)からは裏事情の一端が感じとれる(*2)。そこにも一つ、人間ドラマがあったらしい。
テレ朝系列十津川警部ものの歴史は40年余にも及ぶのだから、俳優陣が入れ代わっても不思議はない。だが、交代は驚くほど少ない。十津川を演じたのは、1979~1999年が三橋達也、2000年以降が高橋英樹。三橋時代には、それぞれ1回限りの代役で天知茂と高島忠夫が主演したこともある。十津川を支える亀井警部補(カメさん)役は綿引勝彦(旧名・綿引洪)、愛川欽也、高田純次の順でバトンタッチ。愛川は1981年から31年間も務めた。
当欄は今回、テレ朝系列の十津川警部ものを分析する。ここで対比すべきは、TBS系列の十津川警部もの、とりわけ渡瀬恒彦と伊東四朗が十津川警部とカメさんを演じたシリーズ(1992~2015年放映)だ。2Hフリークは2000年代の10年間、高橋・愛川組対渡瀬・伊東組の競演を楽しんだ。どちらのシリーズにも西村2Hの常連女優、山村紅葉が警視庁捜査一課十津川班の刑事として出てくるという共通項があるが、ドラマの作風は異なる。
ひとことで言えば、テレ朝系列の高橋十津川ものがあくまでミステリー作品なのに対して、TBS系列の渡瀬十津川ものは人間ドラマの色彩が強いのだ。後者では、十津川が陰のある男として描かれているように思う。それは、渡瀬の十津川と伊東のカメさんが屋台で酒を酌み交わす場面や、二人が大自然を見つめながらひとことふたこと人生を語りあう場面などで顕著になる。人間にこだわるところは「ドラマのTBS」の伝統か。
一方、高橋十津川ものには土ワイの性格が反映している。土ワイの初代チーフプロデューサーが打ちだした制作方針には「娯楽性・話題性を最優先」があったという(*2)。放映が週末の夜なのだから、肩の凝らない作品をめざすという方向性はよくわかる。その娯楽性は、謎解きの妙だけで維持しているわけではない。それは二つの要素によって増幅され、視聴者の心をつかんできたのではないか。一つは旅情、もう一つは郷愁である。
旅情をそそるのは、なんと言っても鉄道だ。長距離列車が出てくる作品が多い。たとえば、テレ朝制作になって以後の初期10作品(1981~1987年放映)をみると、実に9作品のタイトルが列車の愛称付きだ。特急「あずさ」の名が出てくれば、信州の山々が思い浮かぶ。特急「雷鳥」(現在は「サンダーバード」と呼ばれている)とあれば、北陸の冬空が見えてくる。私たちは新聞テレビ欄のタイトルを見ただけで旅気分に誘われたものだ。
実際にドラマでは、十津川班の刑事たちがしばしば鉄道に乗る。班は警視庁捜査一課に属しているから首都東京が管轄区域なのに、諸般の事情があって全国津々浦々に足を延ばすことになるのだ。プラットホームの光景が出てくる。発車のベルが鳴る。列車の警笛が聞こえる。刑事二人が向かい合わせの席に腰かけ、駅弁を頬張るシーンも定番だ。そして車窓には田園の緑が流れていく……これだけでも旅番組を代行しているようだ。
ドラマでは鉄道が事件のアリバイ工作にかかわることが多いが、それも別種の旅情を呼び起こす。私たちは刑事とともにアリバイを崩そうとして、容疑者の動きを面的に、あるいは空間的にとらえようとする。鉄道でA市からB市へ行くには、P線だけでなくQ線とR線を乗り継ぐ方法もある。いやC空港まで車を飛ばし、飛行機に乗ったほうが早く着くかもしれない……。こんなふうに日本地図を脳裏に浮かべると、旅の疑似体験ができる。
では、郷愁とは何か。それは、今の日本社会が置き忘れたものを切ないと思う気持ちだ。テレ朝系列の十津川警部ものでは、その心情を東北出身の愛川カメさんが代弁している。カメさんの雰囲気が、高度成長期に東北地方の少年少女を大都会に送り込んだ集団就職列車のイメージと重なるのだ。自身は集団就職組ではないのだろうが、同世代ではある。ドラマが東北を舞台とするとき、カメさんが上野駅にいる場面は大きな魅力になった。
で、今週の読みものは長編小説『寝台急行「銀河」殺人事件――十津川警部クラシックス』(西村京太郎著、文春文庫、2017年刊)。「オール讀物」1985年1月号に発表された後、単行本(文藝春秋社刊)となり、1987年に文庫化されたものの新装版だ。テレ朝系列の十津川警部シリーズは1986年、これを早々とドラマ化したが私には記憶がない。私は2Hの再放映を折にふれて録画しているが、残念なことに保存分のなかにも見当たらなかった。
ということで当欄は、この作品の旅情と郷愁を原作小説からすくい取ってみる。
例によって筋は追わないが、導入部は素描しておこう。会社員の男40歳が東京から大阪への出張で22時45分発寝台急行「銀河」に乗る。高料金のA寝台だが、出張費は新幹線+ホテル代のかたちで精算できるので、それでも小遣い銭が浮く。ところが、車内で想定外の事件が起こる。愛人が同じ寝台車で殺されており、殺人の嫌疑がかかったのだ。男は十津川の旧友だった。大阪府警の事件ではあるが、十津川も協力を求められる――。
この作品では鉄道移動が東京・大阪間なので、鄙びた温泉で旅気分を高めることができない。関係者の立ち回り先として京都嵯峨野の神社が出てきたりはするのだが、その描写もさらっとしている。旅情をもたらすのは、もっぱら寝台急行「銀河」そのものだ。
「銀河」の車体は青。だが、特急ではないので「ブルートレイン」扱いされないこともあるらしい。ではなぜ、急行なのか。東京から大阪までの行程に約9時間もかけるからだ、と著者はみる。「あまり早く走り過ぎてしまっては、大阪に未明に着いてしまう」のだ。著者はここで「銀河」の歴史に触れる。戦前は東京・神戸間の寝台急行で1、2等車だけ、普通車に当たる3等車はなかった。「上流階級の人だけが乗る『名士列車』だった」のである。
こうしたゆったり感や豪華列車の名残が読者や視聴者の旅情を誘うのは間違いない。
「銀河」は、郷愁の誘因にもなっている。これもまた、特急ではなくて急行だからだ。その分類が、カメさんの心を動かした。十津川とともに「銀河」に乗り込む直前、東京駅のホームでこんな感想をもらす。「急行列車ですか。なつかしいですなあ」。自分が青森から東京に出てきたころは「普通列車にしか乗れなくて、急行列車に乗るのが夢だったんですよ」。そんな経験があるから、今も特急より急行に有難みを感じるというのだ。
老舗2Hの退場で、旅情と郷愁に彩られた一つの文化が消えていく。だが、再放映はこれからもある。小説ならいつでも読める。2Hフリークは、そう思うしかない。
*1 地図は『新詳高等地図――初訂版』(帝国書院)
*2 当欄2021年7月30日付「2時間ミステリー、蔵出しの愉悦」
☆ドラマのデータは、私自身の記憶とテレビ朝日、東映の公式サイトの情報をもとにしていますが、不確かな点はウィキペディア(項目は「西村京太郎トラベルミステリー」=最終更新2022年12月9日=など)を参照しました。
(執筆撮影・尾関章)
=2022年12月16日公開、通算657回
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